不動産問題

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    2022.02.15

    【不動産売買】中古建物の設備の瑕疵(契約不適合)

    中古建物売買

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    中古建物の売買において、設備に不具合があった場合に、契約不適合責任(旧民法では瑕疵担保責任)を負うか、あるいは追及できるかという質問を、顧問先である不動産会社などから受けることがありますが、

    中古建物の設備であっても、契約上有すべき、あるいは同様の中古建物の設備として通常備えるべき、品質・性能を有していなければ、それは契約不適合(瑕疵)にあたります。

     

    これに対し、同程度の築年数の中古建物においては通常生じ得る経年劣化による設備の不具合については、契約において特別に保証していない限り、契約不適合(瑕疵)にはあたりません。

     

    なお、中古建物の売買においては、契約不適合責任(瑕疵担保責任)免除条項が定められていることが多く、契約不適合(瑕疵)に該当しても、損害賠償請求等が認められない場合がありますので、注意が必要です。

     

    ■肯定した裁判例


     

    【東京地裁平成26年9月25日判決】

    電気・水道メーターは、検定証印が表示する有効期間をいずれも徒過していたことが認められ、そのようなメーターを使用することは計量法上許されないことから、電気・水道メーターには瑕疵があり、また、メーターがボックスの中などに設置され、一見して分からない場所にあることからすれば、電気・水道メーターの有効期間の徒過は、隠れたる瑕疵に該当するとしつつ、

    ただし、瑕疵担保責任免除条項の適用を認め、結論として、損害賠償請求は否定しています。

     

    【東京地裁平成26年7月16日判決】

    建物が、留学生らのための「ゲストハウス」であって、当初の部屋割に比して多数の人を居住させていることや、売買の前後を通じて賃貸借関係が継続していること、さらには、建物の売買価格の決定要素について何ら主張立証がないことをも併せ考慮すると、売主である被告として、内覧をしても判明し得なかったような「瑕疵」については責任を負うが、外観、内観上の汚れ、カビ、破損等についてまで損害賠償責任を負うものと解することはできないとしつつ、

    〈1〉給湯器の不完全燃焼による給湯停止、〈2〉103号室の漏水、〈3〉屋上部分の防水の欠陥については、その位置や状況、性質等に照らし、内覧によっても直ちに発見、確認することは困難であると推認されるものであって、「ゲストハウス」として留学生らに賃貸使用させている間においても、これを補修する必要があることは明らかであるから、被告において瑕疵担保責任を負うと解するのが相当であると判示しています。

     

    【東京地裁平成26年4月25日判決】

    建物2階のガス配管の欠如、各室給湯器の欠如、水道利用加入金の未払、2階部分水道メーターの欠如について、

    建物の1階は1世帯部屋、2階は独立したワンルーム6部屋となっていたところ、上記各部屋には水道及び給湯蛇口並びに風呂が存在することが認められること、宅地建物取引業者である被告が、売買契約締結に際し、原告に対し、建物に、故障不具合がないガス給湯器が全世帯個別の台所、浴室、洗面所に付帯していること、公営水道及び都市ガスは、直ちに負担金なく利用可能であること、給排水管の故障は発見していないことの説明をしたことに照らすと、上記説明内容は、当事者の特に保有すべきものと定めた性質であり、かつ、これらが建物に備わっていないことは、通常人の普通の注意では発見できないとして、瑕疵担保責任を認めています。

     

    【東京地裁平成25年3月11日判決】

    被告からルーフバルコニー付きの居住用マンションの1室を買い受けた原告が、上階のバルコニーのアルミ手摺の縦格子がルーフバルコニーに落下し、また、落下するおそれがあったため、ルーフバルコニーを使用することができなかったと主張して、被告に対し、売主の瑕疵担保責任に基づく損害賠償をした事案につき、

    ルーフバルコニーに人がいた場合には身体への危険が及ぶものと認められ、また、本件建物の上階のバルコニーのアルミ手摺の部材には他にも一部緩み又はずれがあって落下する危険があったと認められるのであるから、本件建物に付属するルーフバルコニーは、通常備えるべき品質・性能を欠いていたものというべきである。そして、ルーフバルコニーは、マンションの共用部分であって、本件建物そのものではないけれども、規約上、玄関扉、窓ガラス等と同様に、区分所有者がその専用使用権を有することが承認されていることに照らせば、本件建物に付随するものとして、本件売買の目的物に含まれるというべきである。したがって、ルーフバルコニーに瑕疵があったことについて、売主である被告は、原告に対し、売買の目的物に隠れた瑕疵があったものとして、瑕疵担保責任を負うというべきであると判示しています。

     

     

    ■否定した裁判例


     

    【東京地裁平成29年1月12日判決】

    売買契約において予定されていた目的物である建物は、一般的な居宅であるもののその時点でいわゆるシェアハウス仕様に一部改装され、複数人に賃貸されていたものであり、本件建物に瑕疵があるか否かは、シェアハウスとして予定されていたことを前提として、そのような目的物が有すべき通常の品質・性能に照らして瑕疵があるか否かを判断すべきであるということを前提としつつ、

    仮に原告が主張する不具合がサッシ網戸にあったとしても、本件建物を一般的な居宅として使用することができないとはいえないし、築後30年を超える中古住宅である本件建物が有すべき通常の性能を欠いていると評価することもできない。また、本件不動産が現にシェアハウスとして転貸されていたことからも明らかであって、サッシ網戸に不具合があることをもって本件建物に瑕疵があるということはできない。

    また、原告は、テレビが見られない部屋を賃貸することなど考えられないとして、地上デジタルテレビジョン放送の受信装置の不備を本件建物の瑕疵と主張するが、同設備が建物の一部ではないことは明らかであるし、地上アナログテレビジョン放送の放送終了前の売主が、同放送の終了に備えて地上デジタルテレビジョン放送の受信装置を整える義務はないから、地上デジタルテレビジョン放送の受信装置の不備をもって本件建物に瑕疵があるということはできないなどと判示しています。

     

    【東京地裁平成28年3月29日判決】

    原告らが、建物1階の電気子メーターが3階に、3階の電気子メーターが1階に接続されていることが隠れた瑕疵に当たると主張したのに対し、

    被告による建物に関する瑕疵担保責任の範囲は、売買契約の契約条項で「建物の雨漏り、シロアリの害、建物構造上主要な部位の木部の腐食、給排水管の故障の瑕疵」に限定されており、原告らの主張する電気子メーターの瑕疵については、同項所定の瑕疵に当たらないと判示しています。

     

    【東京地裁平成28年7月14日判決】

    建物の外壁に複数の爆裂が存在すること、ルーフバルコニー及び外壁斜壁周辺の防水機能が低下したことによる漏水、建物1階の排水管からの漏水、手すりの取付部分が緩んでいること、ベランダの水道管に腐食が発生していること、いずれについても、築23年の中古建物においては通常生じ得る経年劣化によるものと考えられるところであって、これが瑕疵に当たるとは認められない旨判示しています。

     

    【東京地裁平成26年5月23日判決】

    本件空調設備は、業務用エアコンの法定耐用年数である15年を大幅に超える約30年を経過し、現在、運転状況に特段の問題はないものの、老朽化が進んでおり、経年劣化により消費電力が増加し、また、新品時のような冷暖房効率は発揮できない上、近い将来正常に作動しなくなり、修理が必要となった場合には、もはや部品を調達できず、空調設備の交換を余儀なくされるおそれがあるといえる。

    しかしながら、本件各建物のように、新築から長期間が経過したテナントビルの売買においては、これに付帯する空調設備も相応の経年劣化があり、上記のような問題点が存することは、容易に想定し得るものである。

    また、原告代表者は、本件マンションに空調設備が存在することを認識していたものと認められるところ、本件全証拠によるも、本件売買において、被告が、原告に対し、本件マンションの空調設備について一定の品質・性能を保証したような事情を認めるに足りない。

    以上によれば、本件各建物が本件売買において予定されていた品質・性能を欠いていたということはできず、民法570条にいう瑕疵があるということはできないと判示しています。

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    2022.02.02

    【建物賃貸借】借家の修繕義務を賃借人に負担させる特約の有効性

    建物の修繕

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    顧問先の不動産会社から、借家の設備が破損した場合の修繕義務を賃借人に負担される特約は有効か質問を受けました。

    民法第606条1項には「賃貸人は、賃貸物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う。」と定めれていますが、特約で、反対に賃借人に修繕義務を負担させることができるかという質問です。

     

    結論から申し上げると、修繕義務を賃借人に負担させる特約は、基本的に有効です。

     

    ちなみに、同条項但書には、「賃借人の責めに帰すべき事由によってその修繕が必要となったときは、この限りでない。」と定められており、賃借人の故意・過失等により、修繕が必要になった場合には、特約がなくても、賃貸人は修繕義務を免れます。

     

    ■賃貸人修繕義務免除特約と賃借人修繕負担特約の違い


     

    ところで、賃貸人修繕義務免除特約と賃借人修繕負担特約とは、似ていますが、意味合いが少し異なります。

     

    前者の賃貸人修繕義務免除特約は、単に、賃貸人の修繕義務を免除するものにすぎず、賃借人に修繕義務や修繕費用を負担させる内容ではありません。

     

    これに対し、賃借人修繕負担特約は、積極的に、賃借人に修繕義務を負担させる特約です。

     

    この点に関連し、【最高裁昭和43年1月25日判決】は、次の通り、原判示の事実関係のもとにおいては、「入居後の大小修繕は賃借人がする」旨の特約の趣旨について、賃貸人修繕義務免除特約ではあるが、賃借人修繕負担特約ではないとしています。

    賃貸借契約書中に記載された「入居後の大小修繕は賃借人がする」旨の条項は、単に賃貸人民法606条1項所定の修繕義務を負わないとの趣旨であったのにすぎず、賃借人が家屋の使用中に生ずる一切の汚損、破損個所を自己の費用で修繕し、家屋を賃借当初と同一状態で維持すべき義務があるとの趣旨ではないと解するのが相当であるとした原判決の判断は、正当である。

     

    ■裁判例


     

    【東京地裁平成27年8月26日判決】

    同判決は、「賃貸人と賃借人は、賃貸人の修繕等義務を免除する旨の特約を締結することができ、その場合、賃貸人は修繕等義務を免除されると解される。」とし、「本件物件の設備等の修理交換義務を賃貸人は一切負わない旨の特約が記載されている賃貸借契約書を示され、これに署名押印をしたこと」などから「トイレ及び台所の水回りの修繕並びにネズミの対策をする義務を免除されたと認めることができる。」と判示しています。

     

    なお、賃借人は、賃貸人が修繕等義務免除特約を主張することは権利濫用であると主張しましたが、「賃借人は本件物件を内覧したうえで本件賃貸借契約を締結していること及び本件物件の賃料が近傍の同面積の建物賃料に比して低廉であることからして、賃貸人が上記特約を主張することが権利濫用であるとまでは解することができない。」としてその主張を排斥しています。

     

    ■賃借人修繕負担特約が無効になる場合とは?


     

    【東京地裁平成25年12月19日判決】

    同判決は、「賃貸借契約においては、専用部分の修理は賃借人の負担とする旨の特約があるところ、

    専用部分である本件居室に係る必要費のうち、賃借人が利用する設備機器の修繕に要した費用のようなものについては、賃借人の負担とする上記特約は直ちに信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものということができないが、他方、修繕費等のうち、例えば、当該建物の主要な構造部分の修理費等のように、一般的に、当該修繕によって賃借人が賃借する期間を超えて賃貸人の利益となるようなもので、かつ、多額の費用を要する修繕費等の支出についてまで賃借人の負担とすることは信義則に違反して賃借人の利益を一方的に害するものということができ、そのような修繕費等につき賃借人の負担とする規定部分は消費者契約法10条によって無効とされるべきものということができる。」と判示しています。

     

    すなわち、

    ・(例えば、当該建物の主要な構造部分の修理費等のように、)一般的に、当該修繕によって賃借人が賃借する期間を超えて賃貸人の利益となるようなもので、

    かつ

    ・多額の費用を要する修繕費等の支出についてまで賃借人の負担とする

    ような特約は、無効となります。

     

    もっとも、当該裁判例の事案では、ガス器具のリモコン操作部の修理費2万円の支出を含め、賃借人が利用する設備機器の修繕に要した費用であって、しかもその金額も多額に及ぶといえるものでないことに照らすと、これらを賃借人の負担とする特約が無効であるということはできず、同特約により、これらの支出は賃借人が負担すべきものであると判示しています。

     

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    2022.01.26

    【不動産・相続】使用貸借は借主の死亡により終了するか?

    使用貸借の相続

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    使用貸借とは、借主が無償で使用・収益して、契約が終了したときに変換する契約です(民法593条)。

     

    民法597条3項(旧民法599条)は借主の死亡を使用貸借の終了原因と定めています。

    その理由について、一般に、使用貸借は借主その人に重きを置く契約であり、貸主の借主に対する信頼関係に基づいて無償とされているから、使用借権は一身専属的権利であって相続になじまないものであるからと説明されています。

     

    そこで、借主が死亡した場合には、使用貸借が終了し、原則として、その権利は相続されません。

     

     

    ■例外的に、継続が認められる場合も


     

    もっとも、同条項は任意法規であり、特約によって同条の適用を排除することは可能です。

     

    そこで、借主が死亡しても使用貸借が終了しない旨の黙示の特約が認められたり、個々の事案において、借主側の居住利益を考慮した時、貸主による借主死亡を理由として借用物の返還請求が権利の濫用にあたるとして認められない場合もあります。

     

    学説や判例では、建物所有を目的とする土地の使用貸借においては通常その目的に従った土地使用を終わるまで本条の適用を排除する黙示の合意があるとして特約の認定を緩やかにしたり、あるいは建物所有を目的とする土地の使用貸借については個人的考慮を重視する必要がないから同条の適用がないとして同条の適用を否定する考え方が有力とされています。

     

     

    ■土地に関する裁判例


     

    (終了を認めなかった裁判例)

    東京地裁平成5年9月14日判決

    同判決は、親族間の建物所有目的での土地の使用貸借について、「土地に関する使用貸借契約がその敷地上の建物を所有することを目的としている場合には、当事者間の個人的要素以上に敷地上の建物所有の目的が重視されるべきであって、特段の事情のない限り、建物所有の用途にしたがってその使用を終えたときに、その返還の時期が到来するものと解するのが相当であるから、借主が死亡したとしても、土地に関する使用貸借契約が当然に終了するということにはならないというべきである。」とし、

    当該土地の使用目的は原告の経営する企業のための工場の所有にあると認められるのであって、他に被告製作所の経営主体が原告ではなくなる等の特段の事情がない限り、当該土地の使用貸借契約も工場が存続している限りは存続しているものと解するのが相当である旨判示しています。

     

    東京地裁昭和56年3月12日判決

    同判決は、建物所有を目的とする土地の使用貸借においては、土地の使用収益の必要は一般に当該地上建物の使用収益の必要がある限り存続するものであり、通常の意思解釈としても借主本人の死亡により当然にその必要性が失われ契約の目的を遂げ終るというものではないから、建物所有を目的とする土地の使用貸借につき、任意規定・補充規定である旧民法599条が当然に適用されるものではない旨判示しています。

     

    (終了を認めた裁判例)

    東京地裁平成3年5月9日判決

    同判決は、使用貸借の借主が死亡した事案ではありませんが、「使用収益の目的とは、使用貸借契約の無償契約性に鑑みて、建物の使用貸借における居住目的あるいは宅地の使用貸借における建物所有目的といった一般的、抽象的な使用、収益の態様ないし方法を意味するものではなく、当事者が当該契約を締結することによって実現しようとした個別的、具体的な動機ないし目的をいうものと解すべきである。」ということを前提としつつ、

    親Xと娘婿Yとの間の建物所有のための土地使用貸借契約は、XにおいてXの自宅を娘に相続させることを前提としあらかじめYおよびその家族がX夫婦と同一敷地内に居住しX夫婦の老後の面倒をみるなど親族として相互に援助しあうことを目的とするものであったが、娘の病死によって、その目的は遂に果すことができなくなり、またX夫婦とYとはこの事態に直面しての互いに相手の立場を思いやる配慮に欠けた言動の積み重ねによつて相互に不信を募らせ既にその間の信頼関係は破壊されてしまっているのであるから、XがYに対して土地を無償で使用させるべき実質的な理由はなくなったものというべきであって、旧民法597条2項但書の規定を類推適用してXのした解約の意思表示によって終了した旨判示しています。

     

     

    ■建物に関する裁判例


     

    最高裁平成8年12月17日判決

    「共同相続人の一人が相続開始前から被相続人の許諾を得て遺産である建物において被相続人と同居してきたときは、特段の事情のない限り、被相続人と右同居の相続人との間において、被相続人が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により右建物の所有関係が最終的に確定するまでの間は、引き続き右同居の相続人にこれを無償で使用させる旨の合意があったものと推認されるのであって、被相続人が死亡した場合は、この時から少なくとも遺産分割終了までの間は、被相続人の地位を承継した他の相続人等が貸主となり、右同居の相続人を借主とする右建物の使用貸借契約関係が存続することになるものというべきである。」と判示して、占有権原がないことを理由とした賃料相当額の損害賠償請求等を否定しています。

    その理由について、同判決は、「建物が右同居の相続人の居住の場であり、同人の居住が被相続人の許諾に基づくものであったことからすると、遺産分割までは同居の相続人に建物全部の使用権原を与えて相続開始前と同一の態様における無償による使用を認めることが、被相続人及び同居の相続人の通常の意思に合致するといえるからである。」と判示しています。

     

    東京高裁平成13年4月18日判決

    同判決は、建物の使用貸借について、「旧民法599条は借主の死亡を使用貸借の終了原因としている。これは使用貸借関係が貸主と借主の特別な人的関係に基礎を置くものであることに由来する。しかし、本件のように貸主と借主との間に実親子同然の関係があり、貸主が借主の家族と長年同居してきたような場合、貸主と借主の家族との間には、貸主と借主本人との間と同様の特別な人的関係があるというべきであるから、このような場合に旧民法599条は適用されないものと解するのが相当である。」と判示して、使用借権の相続を認めています。

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    2021.12.20

    【賃貸借】迷惑住民の明渡

    迷惑住民

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    顧問先の不動産会社から、騒音を発生させたり、隣室や上階の入居者とトラブルを繰り返している賃借人を立ち退かせることができるかとの相談を受けましたので、裁判例を調べてみました。

     

    結論から申し上げますと、迷惑行為も賃貸借契約の解除事由になり得えます。ただし、信頼関係の破壊に至っているかケースバイケースの判断が必要になりますので、数ヶ月分以上家賃を滞納しているような事案ほど単純ではありません。

     

    ■解除を認めた判例・裁判例


     

    最高裁昭和43年9月27日判決

    まず、最高裁の判例を紹介させていただきますが、これは賃借人の1人が賃貸人に対し暴力を振るうなどした事案です。すなわち、賃借人の1人の賃貸人に対する傷害行為は家屋の明渡をめぐる紛争に端を発したものであるところ、賃借人らはその謝罪、損害賠償について全く無関心であったのみならず、その後ガレージを無断で築造し、賃貸人からの抗議にもかかわらず、賃借人方においては頑としてこれに応じなかったという事案につき、

    これらの事実関係によれば、賃借人らは現に家屋の用法に関し、賃借人としての義務に違反するのみならず、同人らのその前後の態度からして、賃貸人としては、賃借人らが将来も賃借人としての義務を誠実に履行することを期待しえないものというべきであるから、これら賃借人らの所為および態度は、賃借人ら全員について賃貸借契約の即時解除の原因となりうるものと解するのが相当である旨判示しています。

     

    東京高裁平成26年4月9日判決

    控訴人は、近隣住民等に対して迷惑行為を行い、これについて被控訴人から再三口頭で注意を受け、更にこれが特約違反となり解除事由となると書面によって指摘されても、近隣住民等に対する迷惑行為を繰り返しており、また、これにより生じた近隣住民等との間のトラブルに対して近隣住民等からの申出による話合いもしていない。これらのことに加え、控訴人の度重なる迷惑行為によって近隣住民等には耐え難い深刻な事態となり、近隣住民等が警察及び区役所に対する要望書に連名で押印の上で提出するに至っていること、さらに、控訴人は建物の隣室の入居者に対しても迷惑行為を行ったばかりか粗野な行動をとって不快の感を抱かせ、ひいてはこれに耐えかねた同入居者が被控訴人との間の賃貸借契約を解約して退去するに至り、賃貸人である被控訴人に対して同室の長期間の賃料の受領不能及び同室の新入居者を決めるための同室の賃料の減額という経済的損失まで与えていること、控訴人は当該訴訟の係属中にされた解除の後においても同室に入居した者に対して同様の迷惑行為を行い、同入居者から賃貸人である被控訴人に対して苦情の申入れがされているという事案について、

    賃貸借契約の基礎となる賃貸人である被控訴人と賃借人である控訴人との間の信頼関係は、特約が定める禁止行為に該当すると認められ、特約に違反する控訴人による近隣住民等に対する度重なる迷惑行為によって著しく損なわれ、完全に破壊されており、その回復の見込みはないといわざるを得ないとして、解除を認めています。

     

    東京地裁平成17年3月7日判決

    ・控訴人が建物に入居したころから、マンションにおいて、何かを叩くような騒音が一年程の間、昼夜を問わず、毎日、1日に何十回も不規則な間隔で発生し、その後も現在に至るまで、深夜12時過ぎから明け方4時から5時までの間に、1、2時間おき程度の間隔でそれぞれ1ないし3回同様の騒音が発生していること(本件騒音)

    ・本件騒音に耐えられなくなった入居者が数名、賃貸借契約を解約してマンションから退去していっており、また、マンションの入居者が本件騒音を問題にして、不眠や健康被害を訴えていること

    ・控訴人は、マンションの廊下まで音が漏れる程度の音量で、テレビを一晩中つけっぱなしにすることがあること

    ・A夫婦が、控訴人に本件騒音について話し合いを持ちかけたところ、控訴人は、A夫婦に対し、「俺は、前に住んでたところで家主をぶん殴ったんだぞ。」と言ったこと

    ・Dが控訴人に騒音の苦情を申し入れたところ、控訴人は、Dとの間で言い争いとなったこと

    ・控訴人は、Cの介護人であるEに対し、「お前か、グチグチ言っているのは、ぶっ殺すぞ。」と言ったこと

    これら事実を認定し、解除条項に違反している旨判示しています。

     

    東京地裁平成17年2月28日判決

    ・被告居宅内で深夜から明け方にかけての時間帯に、「バカモン、バカモン」などと訳の分からないことを大声で言い続けたり、

    ・部屋の中の物をたたくような音を出したりしてアパートの住民の安眠を妨げたり、

    ・アパートの住民を同アパート付近で見つけると近寄ってきてなかなか離れず、一部の住民に対しては、その住民の職場前まで追いかけて住民を怖がらせたり、

    ・昼夜問わず酒に酔ってアパートの住民に大声で怒鳴ったりし、

    ・このような原告への対処に困った住民が、110番通報をして警察官に臨場してもらったことが何度もあるほどで、現在も同様の行為が続いていること、

    ・被告が、アパートの空地部分に、壊れた自動二輪車や、衣装ケース入りの衣服、ビニールシートなどを乱雑に積み上げて放置し続けており、原告が注意をしても聞き入れなかったこと、

    ・原告やアパートの住民全員が、賃貸借契約において被告の保証人となっている区に対して被告の行状を陳情し、区から被告に注意をしてもらっても、被告の態度は改められなかったこと。

    これらの被告の行動は、特約に規定された「近隣の迷惑となる行為」にあたり、このような行為によって、原、被告間の信頼関係は破壊されたものと認められるから、解除原因があるということができ、賃貸借契約は、無催告でなされた本件解除により終了したものといえると判示しています。

     

    大阪地裁平成1年4月13日判決

    同判決は、公営住宅における迷惑行為のケースですが、Aは、音に異常な程過敏でかつ粗暴であるところから近隣居住者の通常の生活から必然的に発生する各種の音(生活音)に対し異常な反応を示し、その生活音を発生させた近隣居住者に対し「音がうるさい。」と怒鳴り込み、立腹の余りその仕返しと称して居室において日常的に故意に騒音等を発生させ、時には暴行脅迫に及ぶというもので、Aのこのような生活妨害行為のため、殊にAの居住する居室の真下に当る二〇一号室は原告の入居前から、誰が入居したとしてもその物的設備を通常の用法に従って円満に使用できないのみならず人として通常の平穏な生活を営むことができず、このことによる不利益や精神的苦痛は通常人の受忍限度をはるかに越えていたものと認められるから、二〇一号室は原告の入居前から本件状態を欠いていたものというべきであるとし、

    Aの原告に対する前記生活妨害行為は、賃貸人に対する賃貸借契約上の義務に違反し、かつ賃貸人との間の信頼関係を破壊するに足りるものであったから、賃貸人としては、Aに対し賃貸借契約を解除のうえ明渡を求めることもできた旨判示しています。

     

     

    ■解除を認めなかった裁判例


     

    他方、賃貸人が賃借人の迷惑行為を理由に解除を主張したけれども、これが認められなかったものとして、次の裁判例があります。

     

    東京地裁平成27年2月24日判決

    6歳の長男が、三〇五号室のドアにマニキュアを付けたこと、マンションの三階の通路付近で大便を漏らしたこと、同通路付近に竹輪と納豆ご飯を放置したことがあったについて、その父親に一部損害賠償を認めつつ、長男が、当時六歳であったこと、各行為の内容及び程度、及び、被告らは、警察からの連絡により、長男から話を聞き、長男に対する監督を強めたという経緯に照らし、賃貸借契約の継続が困難である程度まで、原告と被告との間の信頼関係が破壊されたと評価することはできず、また、解除条項所定の事由が存在するということもできないと判示しています。

     

    東京地裁平成19年1月12日判決

    ・被告は、建物を賃借してからの約5年間は、格別問題となるような事態を発生させた事実はない。

    ・平成14年7月になって、建物の玄関前の共用廊下に食器、棚、雑誌等かなりの量の荷物を放置していた事実が認められるが、このときには、父親である連帯保証人Bの協力により、2か月程度のうちに解決したことが認められる。

    ・隣人との関係については、平成17年2月12日に306号室の前居住者の母親から、被告が昼夜関係なく建物の玄関前辺りで意味不明の被害妄想的な言葉を発するなどしたり、ドアノブをガチャガチャさせるなどしたとして、原告に連絡があったことから、306号室の前居住者が怖がっていたという事実を認めることはできるが、被告が307号室のドアではなく、306号室のドアをガチャガチャさせていたことを認定するに足りる証拠はなく、被告に加害意思があった事実を認めることはできない。

    ・また、その後、306号室の前居住者が、他の賃貸物件に転居することなく、結局のところ、同一建物である×××の別の階に移転しただけに止まったことからすれば、306号室の前居住者が受けた被害も比較的軽いものであったことが推認されるというべきである。

     

    以上によれば、被告との関係で必ずしも受忍しがたいような状況があると認定することはできないとして、信頼関係を破壊するまでの行為があったとはいえないとして解除を認めていません。

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    2021.12.02

    【不動産】私道における駐車の可否

    迷惑駐車

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    私道の地形上、自動車による通行ができない場合や、自動車の通行が危険である場合、自動車による通行はしない旨の特約がない限り、私道を自動車で通行をすることは認められると考えられます。

     

    では、自動車での通行権が認められる場合でも、私道に駐車することは許されるでしょうか?

     

    裁判例を見る限り、一時的な停車については認められても、長時間の駐車については、もはや通行と同視することができず、他人の通行を妨害するものとして許されず、妨害の排除(自動車の他の場所への移動)が認められています。

     

    駐車と停車の違い


     

    道路交通法上の駐車とは、「車両等が客待ち、荷待ち、貨物の積卸し、故障その他の理由により継続的に停止すること(貨物の積卸しのための停止で五分を超えない時間内のもの及び人の乗降のための停止を除く。)、又は車両等が停止し、かつ、当該車両等の運転をする者がその車両等を離れて直ちに運転することができない状態にあることをいう。」と定められています(第2条1項18号)。

    車両の継続的な停止ですが、単に時間の長短だけでなく、運転者の意思や具体的状況によって判断されます。

     

    これに対し、道路交通法上の停車とは、「車両等が停止することで駐車以外のものをいう。」と定められています(同条項19号)。例えば、貨物の積卸しのための停止で五分を超えない時間内のもの及び人の乗降のための自動車の停止です。

     

    ■囲繞地通行権に基づく場合


     

    東京高裁昭和50年1月29日判決は、「袋地所有者が営業上小型貨物自動車を出入りさせ、一時停車させる必要があり、囲繞地所有者も自動車の使用による便益を享受しているなどの事情があるときは、袋地所有者は、幅員2.67メートルの囲繞地通行権を認められるべきであるが、その内容は、小型自動車による通行及びその停車を含むが駐車を含まないものと認めるのが相当である。」旨判示しています。

     

    ■賃貸借に基づく場合


     

    東京地裁昭和63年2月26日判決は、「本件土地の有効幅員は二・七五ないし二・七六メートルに過ぎず、被告らが乙地に住むようになるまで、本件土地に常時、車を駐車させた者はいなかったこと、被告らは原告建物の玄関の前方に車を駐車させることがあり、本件土地に駐車されることによって、原告及びその家族の通行及び居住が不便となるものであること、被告らに本件土地に駐車させないよう注意したが、被告らは本件土地に専用賃借権を有するとの考えのもとに右の注意に応じなかったことが認められる。」、「被告らがこのとおり、本件土地に日夜、車を駐車させることは原告の賃借権の行使を妨害するものであるから、被告らはこれを撤去すべき義務がある。」旨判示し、通路として使用している土地の賃借人から、同じ土地を同様に賃借している者に対する賃借権に基づく駐車禁止が認められています。

     

    ■通行地役権に基づく場合


     

    最高裁平成17年3月29日判決は、「本件地役権の内容は、通行の目的の限度において、本件通路土地全体を自由に使用できるというものであると解するのが相当である。そうすると、車両を本件通路土地に恒常的に駐車させることによって同土地の一部を独占的に使用することは、この部分を上告人が通行することを妨げ、本件地役権を侵害するものというべきであって、上告人は、地役権に基づく妨害排除ないし妨害予防請求権に基づき、被上告人に対し、このような行為の禁止を求めることができると解すべきである。」と判示しています。

     

    ■共有持分に基づく場合


     

    東京高裁平成10年2月12日判決は、「控訴人は、本件係争土地を本件駐車場所として使用することは、本件土地の共有持分に基づく使用として当然に許されるように主張するが、控訴人の主張する使用権は、本件係争土地を控訴人が本件駐車場所として排他的に使用する権利であって、そのような使用が本件土地の共有持分に基づく使用として許される範囲を超えることは明らかである。」と判示して、共有持分に基づき、駐車場所として使用することを認めていません。

     

    ■位置指定道路である私道の場合


     

    東京地裁平成23年6月29日判決は、「被告土地の関係者が本件私道を徒歩ないし自転車等で通行することは、前記位置指定道路の性質からしても、また実際の本件私道や被告土地の状況からしても、本件私道の所有者の所有権の行使を妨害するものとはいえないが、幅約4メートルしかなくかつ通り抜けできない本件私道に自動車を乗り入れることは、駐停車により本件私道によってのみ公道に通じている本件隣接地の利用者の利便を著しく損なう可能性の高いものであり、ひいては本件隣接地の所有者、すなわち本件私道の所有者の所有権の行使を妨害するものである。」として、私道の利用についての取り決めは、自動車通行することや駐停車することを禁ずる限度で有効な制限と判示しています。

     

    道路交通法や車庫法に基づく駐車禁止等の可否


     

    そもそも、当該私道が一般交通の用に供されている場合は、私道における駐車は認められるべきではありません。

    自動車の保管場所の確保等に関する法律第11条1項に、「何人も、道路上の場所を自動車の保管場所として使用してはならない。」と定められているからです。

     

    しかしながら、一般私人が、これら法令を根拠に、駐車や保管の禁止を請求できるかというと、東京地裁平成31年3月14日判決は、「道路交通法44条及び車庫法11条はいずれも取締法規であるから、原告が当該法令を直接の根拠として、被告らに対して本件駐車位置への駐車・保管を禁止する旨の請求をすることはできない。」と判示しています。

     

    ■駐車しても、残りの幅員で車両通行が可能な場合は?


     

    駐車しても、残りの幅員で車両通行が可能であったとしても、幅員全部について、駐車の禁止を求めることができます。

    この点、前述の最高裁平成17年3月29日判決も、「車両を駐車させた状態での残余の幅員が3m余りあり、通路土地には幅員がこれより狭い部分があるとしても、そのことにより係争地付近における通路土地の通行が制約される理由はないから、この結論は左右されない。」と判示しています。

     

     

  • qa

    2021.06.18

    【賃貸借】オフィスの原状回復義務

    オフィスの原状回復

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    最近、オフィスの賃貸借契約に関し、どこまで原状回復をする必要があるのかというご相談がありましたので、今回は、裁判例を概観しながら、オフィスの賃貸借契約における原状回復の範囲や、諸問題について説明させていただきます。

     

    居住用のアパート・マンションと異なり、オフィスの賃貸借に関しては、消費者保護を考慮する必要がありませんし、市場性原理と経済合理性の支配するオフィスビルの賃貸借では、比較的、賃借人の原状回復義務が認められやすい傾向にはあります。

     

    しかしながら、実務的には、オフィスビルが新築か中古か、オフィスビルの規模、原状回復条項の内容等を個別に検討する必要があります。

     

    ■通常損耗・汚損についても原状回復義務を負うか?


     

     

    (東京高裁平成12年12月27日判決)

     

    当該判決は、以下のように判示して、オフィスビルを新築の状態で借り受けた賃借人には、「契約が終了するときは、賃借人は賃貸借期間終了までに造作その他を契約締結時の原状に回復しなければならない。」旨の原状回復条項に基づき、通常の使用による損耗、汚損をも除去し、建物を賃借当時の状態にまで原状回復して返還する義務があるとしています。

     

    一般に、オフィスビルの賃貸借においては、次の賃借人に賃貸する必要から、契約終了に際し、賃借人に賃貸物件のクロスや床板、照明器具などを取り替え、場合によっては天井を塗り替えることまでの原状回復義務を課する旨の特約が付される場合が多いことが認められる。オフィスビルの原状回復費用の額は、賃借人の建物の使用方法によっても異なり、損耗の状況によっては相当高額になることがあるが、使用方法によって異なる原状回復費用は賃借人の負担とするのが相当であることが、かかる特約がなされる理由である。

     

    もしそうしない場合には、原状回復費用は自ずから賃料の額に反映し、賃料額の高騰につながるだけでなく、賃借人が入居している期間は専ら賃借人側の事情によって左右され、賃貸人においてこれを予測することは困難であるため、適正な原状回復費用をあらかじめ賃料に含めて徴収することは現実的には不可能であることから、原状回復費用を賃料に含めないで、賃借人が退去する際に賃借時と同等の状態にまで原状回復させる義務を負わせる旨の特約を定めることは、経済的にも合理性があると考えられる。

     

    (最高裁平成17年12月16日判決)

     

    しかしながら、その後、最高裁平成17年12月16日判決は、次のように判示しました。

     

    賃借人は、賃貸借契約が終了した場合には、賃借物件を原状に回復して賃貸人に返還する義務があるところ、賃貸借契約は、賃借人による賃借物件の使用とその対価としての賃料の支払を内容とするものであり、賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものである。

     

    それゆえ、建物の賃貸借においては、賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に生ずる賃借物件の劣化又は価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行われている。

     

    そうすると、建物の賃借人にその賃貸借において生ずる通常損耗についての原状回復義務を負わせるのは、賃借人に予期しない特別の負担を課すことになるから、賃借人に同義務が認められるためには、少なくとも、賃借人が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である。

     

    これは居住用賃貸借のケースですが、賃貸借の契約の本質から論じており、その考えは、オフィスの賃貸借にも適用されると考えられます。実際、次の大阪高裁判決をはじめ、多くの下級審裁判例において、最高裁平成17年判決の法理が、オフィスの賃貸借にも適用されることが認められています。

     

     

    (大阪高裁平成1 8年5月23日判決)

     

    賃借物件の損耗の発生は、賃貸借という契約の本質上当然に予定されているものであって、営業用物件であるからといって、通常損耗に係る投下資本の減価の回収を、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受けることにより行うことが不可能であるということはできず、また、被控訴人が主張する賃貸借契約の条項を検討しても、賃借人が通常損耗について補修費用を負担することが明確に合意されているということはできない。

     

    (東京簡裁平成21年4月10日判決)

     

    また、東京簡裁の上記判決は、次のように判示して、オフィスビルの賃貸借においても、賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるためには、明確な合意が必要であるとしています。

     

    オフィスビルの賃貸借契約においても、通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、原則として、賃料の支払を受けることによって行われるべきものである。賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせることは賃借人にとって二重の負担になるので、オフィスビルの賃貸借契約においても、賃借人に通常損耗についての原状回復義務を負わせるためには、原状回復義務を負うことになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、賃貸人がそのことについて口頭で説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要であると解すべきであり、このことは居住用の建物の賃貸借契約の場合と異ならないというべきである。

     

    (東京簡裁平成17年8月26日判決)

     

    東京簡裁平成17年8月26日判決は、次のように判示して、事務所としての利用であっても、利用実態として、居住用の賃貸借契約と変わらないような場合には、ガイドラインに沿って原状回復費用を算定すべきとしています。

     

    東京高裁平成12年12月27日判決における賃貸物件は保証金1200万円という典型的オフィスビルであり、しかも新築物件である。それに比して、本件物件は、仕様は居住用の小規模マンション(賃貸面積34.64㎡)であり、築年数も20年弱という中古物件である。また、賃料は12万8600円、敷金は25万7200円であって、事務所として利用するために本件物件に設置した物は、コピー機及びパソコンであり、事務員も二人ということである。このように本件賃貸借契約はその実態において居住用の賃貸借契約と変わらず、これをオフィスビルの賃貸借契約と見ることは相当ではない。すなわち、本件賃貸借契約はそれを居住用マンションの賃貸借契約と捉えて、原状回復費用は、いわゆるガイドラインにそって算定し、敷金は、その算定された金額と相殺されるべきである。

     

    ■原状とはスケルトン状態か?オフィスの標準仕様か?


     

     

    東京地裁平成29年3月27日判決判決は、賃貸借契約締結前の状態がスケルトン状態であったのに対し、契約書案の別紙区分表には、具体的なオフィスの標準仕様が定められており、どちらの状態に戻すのが原状回復かが争われた事案につき、

     

    契約が定める原状回復義務は、「区分表における標準仕様」を「原状」とみなして、これを前提とする原状回復義務を賃借人に負わせるものであるところ、この区分表の標準仕様としては、オフィス仕様の建築・内装、設備が具体的に指定されており、かつ、この区分表は、契約書(案)の別紙として事前に賃借人の取締役にメール送付されていることが認められるるとして、賃借人は、原状回復とは契約締結前の状態(スケルトン状態)に戻すものにほかならないと主張するが、これと異なる明示の合意がされている以上、当該合意に従うべきことは当然であり、賃借人の上記主張は採用できないとし、賃借人は、原状回復義務として、賃借人の主張するスケルトン状態への回復ではなく、賃貸人の主張するオフィス仕様に変更する工事を行う必要があったというべきであると判示しています。

     

    ■賃貸人は、未施工の原状回復費用を保証金から控除できるか?


     

     

    東京地裁平成29年9月6日判決は、原状回復条項には、賃借人が建物の明渡し時に原状回復の処置を執らなかったときは、賃貸人が賃借人の費用で原状回復の処置を執ることができる旨を定められていたが、賃貸人が原状回復工事をすることなく新賃借人に建物を貸し渡し、新賃借人が新内装工事をし、賃貸人が原状回復費を現実に支出しなかったという事案ですが、

     

    未施工の原状回復工事に係る原状回復費を保証金から控除することができると解する合理的な理由は見当たらないとして、賃貸人が、未施工の原状回復費用を保証金から控除することを否定しています。

     

    ■賃貸人が賃借人の代わりに行った原状回復工事の費用は少しでも安価でなければならないか?


     

     

    東京地裁平成29年1月18日判決は、原状回復工事は、本来であれば賃借人において行うべき工事を賃貸人が行ったものであり、賃貸人において少しでも安価な費用で工事を行う義務があるとはいえないから、その費用が不相当に高額でない限り、原状回復費用を敷金から控除することが許されると判示しています。

     

     

  • qa

    2021.06.16

    【不動産】公有地の時効取得に関する判例等

    公有地の時効取得

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    最近、公有地の時効所得の可否が問題となるご相談を受けましたので、今回は、判例等をご紹介させていただきます。

     

    結論から申し上げますと、公有地でも、公用が廃止されていれば、時効取得することができます。

     

    公用の廃止は、明示的なものに限らず、黙示的なものでも構いません。

     

    ただし、公有地の取得時効が認められるためには、占有者が、自主占有を開始した時までに(黙示的にも)公用が廃止されていなければなりません。

     

    また、占有者の行為によって公有地としての形態、機能を失ったにすぎないような場合には、公有地として維持すべき理由がなくなっていたとはいえません。

     

    ■ 黙示的な公用廃止が認められる条件


     

     

    黙示的な公用廃止に関しては、リーディングケースとなる、最高裁昭和51年12月24日判決がありまして、

     

    公共用財産が、

    ① 長年の間事実上公の目的に供されることなく放置され、
    ② 公共用財産としての形態、機能を全く喪失し、
    ③ その物の上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されることもなく、
    ④ もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合

    には、右公共用財産については黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の成立を妨げないと判示しています。

     

    当該事案は、係争地は、公図上水路として表示されている国有地であったが、古くから水田、あるいは畦畔に作りかえられ、田あるいはその畦畔の一部となり、水路としての外観を全く喪失し、係争地及び田は、被上告人の祖父が借り受けて小作していた当時から、幅の細い畦畔によつて合計四五枚の水田に区分けされていたというものです。

     

    ■ その他の最高裁判例


     

    (最高裁昭和52年4月28日判決)

    対象土地を隣接地とともに買い受け、所有の意思をもつてその占有を始め当時、対象土地は、既に隣接地と一体をなして宅地の一部と化し、道路として利用されることもその必要もなくなっていたこと、その後間もなく対象土地と隣接地に跨って二棟の建物を建築し、当初の占有者の死亡後も対象土地はその承継人らによって建物の敷地の一部として平穏かつ公然に占有を継続されてきたが、現在に至るまで対象土地が道路として利用された形跡は全く存しないことが認められるから、対象土地は黙示的に公用が廃止されたものというべきであると判示しています。

     

    (最高裁平成17年12月16日判決)

    長年にわたり当該埋立地が事実上公の目的に使用されることもなく放置され、公共用財産としての形態、機能を完全に喪失し、その上に他人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、これを公共用財産として維持すべき理由がなくなった場合には、もはや同項に定める原状回復義務の対象とならないと解すべきであり、竣功未認可埋立地であっても、上記の場合には、当該埋立地は、もはや公有水面に復元されることなく私法上所有権の客体となる土地として存続することが確定し、同時に、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の対象となるというべきであると判示しています。

     

    (最高裁昭和61年12月16日判決)

    ちなみに、黙示の公用廃止が問題になった事案ではなく、満潮時に海面下に没し,干潮時に海面上に現れる干潟が民法86条1項の土地に当たるか否かが争われた事案において,上記最高裁判決は、

    海は,特定人による排他的支配の許されないものであること,現行法上,海の一定範囲を区画してこれに所有権を設定することを認めた実定法規はないことなどを理由に,海は,海水に覆われたままの状態では,所有権の客体たる土地に当たらないと判示しています。

     

    ■ 肯定した裁判例


     

    下級審裁判例のうち、公有地の時効取得を認めたものとしては、次のものがあります。

     

    (大阪高裁平成15年6月24日判決)

    控訴人らが、国有の里道の一部について取得時効を主張し、国に対して、その所有権の確認を請求した事案において、旧国鉄が新幹線用地の代替地として係争地を含む土地を提供する必要があったことから、国としては、係争地については、いずれ明示の公用廃止をする意思であり、そのために旧国鉄による係争地の整地を了承・承認していたものと考えるのが自然かつ合理的であるから、係争地について黙示の公用廃止がされたものと認めるのが相当であるとして、取得時効の完成を認めています。

     

    (東京地裁平成10年2月23日判決)

    取得時効の対象となる道路は、昭和27年に東京都道となり、翌昭和28年、目黒区が東京都から都道の一括移管を受けて特別区道として路線の認定をし、供用を開始した結果、目黒区の特別区道となったものです。

    当該道路上に建物が存在し、その東端がコンクリート壁で閉鎖されている以上は、当該道路は道路としての形態をもはや有してはおらず、また、道路としての機能も失われている、付近の建物が当該道路を必要としていない現状からして、黙示的に効用が喪失されたと認められると判示しています。

    なお、土地の占有者が、所有権者である国に対し、いったんはそれらの払下げを受けることを希望する旨の意向を表明した後に、取得時効を援用する旨の意思表示をした場合について、占有者が時効を援用するに至ったのが国から払下げを拒否されたためであるとの事情が認められることを理由に、占有者は時効援用権を喪失していない旨判示しています。

     

    (東京地裁昭和63年8月25日判決)

    係争地付近は完全に宅地化されており、それぞれの居住住民の敷地のほかに周辺に道路が存在したことをうかがわせる痕跡すらない状況にあることが認められ、係争地は、公共用財産としての形態、機能を全く喪失しており、前所有者の時代以前から引き続き私人の平穏かつ公然の占有が継続したが、そのために実際上公の目的が害されることもなかったことが明らかであるから、もはやこれを公共用財産として維持すべき理由がなくなったものというべきであり、係争地については黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の対象となりうるものと判示しています。

     

    (東京地裁昭和6 0年9月25日判決)

    被告は、本件係争地は里道であり公共用財産であるから取得時効の対象にならない、と主張する。そして、証拠によれば、本件係争地が里道であつたことがうかがえなくもない。

    しかしながら、公共用財産であつても、それが、長年の間、事実上公の目的に供されることなく放置され、公共用財産としての形態及び機能を全く喪失し、その物のうえに他人の平穏かつ公然の占有が継続したにもかかわらず、そのため実際上公の目的が害されるようなこともなく、もはやその物を公共用財産として維持すべき理由がなくなつた場合には、右公共用財産については、黙示的に公用が廃止されたものとして、取得時効の成立を妨げないものというべきであると判示しています。

     

    ■ 否定した裁判例


     

    他方、下級審裁判例のうち、公有地の時効取得を認めなかったものとしては、以下のものがあります。

     

    (東京高裁平成26年5月28日判決)

    当該裁判例は、次のように判示しています。

    本件の市有通路のように、予定公物であって、現に道路としての形態及び機能を有しており、かつ黙示の公用開始決定があった道路は、取得時効期間の起算点たる占有開始の時までに黙示的に公用が廃止されたと認められるような特段の事情がない限り、取得時効の規定の適用がない(取得時効が成立しない。)と解するべきである。なぜならば、このような財産は、現に公共の用に供されている公有財産であるので、取得時効の規定の適用に関しては、実質的には行政財産と同じように扱うのが適当であるからである。

    本件についてこれをみるのに、係争地(構築物敷地部分を含む。)は、被控訴人が構築物を設置して構築物敷地部分の排他的占有を開始するまでの間、道路としての形態、機能を維持して公衆の自由な通行という公共目的に供用され続けていたにもかかわらず、被控訴人による構築物敷地部分の排他的占有開始により、公衆の自由な通行の妨害という公共の利益に反する事態が現実に発生したほか、被控訴人の時効取得を認めると構築物敷地部分の道路法上の道路(行政財産)としての供用開始という公共目的が実現不可能になるという事情が認められる。そうすると、係争地(構築物敷地部分を含む。)は、市有地となってからの構築物の設置までの期間の占有開始を原因とする取得時効を主張しても、取得時効の規定の適用はなく、取得時効が成立しないというべきである。

     

    (さいたま地裁平成17年6月8日判決)

    当時、水路状の窪地が土地上に存在ししたこと、一斉測量調査時に土地と周囲の境界に境界杭が埋設されその土地の境界が確認され公共用財産として認識されていたこと、その後、原告が土地を土盛りし埋立整形したことにより完全に水路状の窪地が存在しなくなってしまったことが認められ、このような経緯にも鑑みると、原告の土地占有開始時において、土地の水路が長い間事実上公の目的に供用されることなく放置されていたとまではいえず、原告のその後の行為によって公共用財産としての形態、機能を失ったにすぎないから、公共用財産として維持すべき理由がなくなっていたともいえず、そうすると、当該土地が原告占有開始時に黙示の公用廃止が認められるべき要件が満たされていたとはいえないと判示しています。

     

    (東京高裁平成3年2月26日判決)

    当該裁判例は、次のように判示しています。

    公共用財産の取得時効が認められるためには、自主占有開始の時点までに黙示的に公用が廃止されていなければならない。

    公共用財産としての形態・機能が失われ、黙示的な公用廃止の状況にあつたというためには、係争の部分だけに着目するのではなく、公用財産が供用された目的に即して地域的広がりを持つた全体として観察し、原状回復が可能であるかどうかを判断しなければならない。

    ・係争地が買収直後に、土地台帳に官有道路成、除租と記載されている事実
    ・道路の路面と土地との間には約2メートル程度の高低差がある事実
    ・係争地は、明治44年ないし昭和17年には、道路の路面から土地までの間の道路の構成部分としての法面又は道路の維持保全に必要な道路敷地として現実に使用されたものと推認することができること。
    ・係争地の占有を開始した当時、上記事実があったからといって各土地部分について道路の法面としての形態と機能を喪失するにいたったものと認めることはできない。

    したがって、係争地は占有開始当時未だ公共用財産としての形態、機能を全く喪失したものとはいえず、また係争地について公共用財産として維持すべき必要性がなくなったともいい得ないから、係争地につき黙示の公用廃止があったと認めることはできない。

     

    (東京高裁昭和63年9月22日判決)

    当該裁判例は次のように判示しています。

    本件土地は、旧市道が耕地整理事業によって拡幅されることになり、その拡幅部分の道路敷として被控訴人の所有とされたもの、すなわち公共用財産とすることを予定してそれに備えた工事を施行し、ただ、府県道とする認定あるいは拡幅にともなう市道区域の変更、供用の開始の手続だけが未了の状態の土地であったのであり、しかも、既に公共の用に供されていた旧市道の法面ともなっていたのであって、このような土地については、公共用財産に準じて原則として取得時効が成立しないものと解すべきである。

    戦時中に本件土地にも防火用水が掘られたとはいっても、それは緊急的一時的なものであって、その土地本来の用法を変更する態のものでないことはいうまでもない。

  • qa

    2021.06.08

    【不動産】土地の時効取得における占有とは?

    土地の時効取得

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    最近、土地の時効取得が問題となる事案について、ご相談を受けましたので、今回は時効取得が認められる要件の中でも、「占有」とは何かについてご説明し、裁判例を紹介させていただきます。

     

    ■時効取得の要件


     

     

    まず、前提ですが、所有権の時効取得の要件は次の通りです(民法162条1項)。
    これら要件をすべて満たす場合には、対象物の所有権を時効取得することができます。

     

    ・20年間
    ・所有の意思をもって
    ・平穏かつ公然と
    ・他人の物を
    ・占有する

     

    また、占有の開始時に、自分の物であると信じて占有をし、そう信じたことに過失がない場合には、10年間で時効取得することができます(同条2項)。

     

    ■占有とは?


     

     

    この点については、リーディングケースとなる最高裁昭和46年3月30日判決があって、「一定範囲の土地の占有を継続したというためには、その部分につき、客観的に明確な程度に排他的な支配状態を続けなければならない」と判示しています。

     

    ちなみに、上記最高裁判決では、山林の一部に、「杉苗多数を植えつけ、その後その刈払い等の手入れを続けて植林の育成に努めてきた」り、「係争地内から桑葉を採取した」というだけでは、占有を否定しています。

     

    ■占有を肯定した裁判例


     

     

    (東京地裁昭和4 7年3月30日判決)

     

    代々、対象土地が畑作等に利用され、鶏舎、物置その他の附属施設を設けて使用されていた事案で、継続的な占有、時効取得を認めています。

     

    ■占有を否定した裁判例


     

     

    (大阪地裁平成10年12月8日判決)

    原告は、本件土地と被告土地との間に鉄条網を設置したり本件土地を測量するなどしているが、昭和42年ころ以降は、本件土地において野菜等の作付けがされたことはなく、シュロなどの雑木が雑然と植えられているにすぎないのであるから、仮に、原告が年に一度その木の枝打ちをするなどして管理をした事実があったとしても、それが、本件土地についての客観的に明確な程度の排他的な支配状態を示すものとはいえないから、このような占有に基づいて取得時効の成立を認めることはできないと判示しています。

     

    (東京地裁昭和62年1月27日判決)

    係争山林につき、当初ある程度の明認方法を施したほかは、ある期間バスを置いて境界線の一部に鉄条網を張り、立札を立て、境界石を埋設するなどの行為をしたとか、時々現地を訪れて様子を見たというに過ぎないときには、時効取得の基礎となる占有があったとは認められないと判示しています。

     

    (宮崎地裁昭和59年4月16日判決)

    山林の時効取得の要件としての占有は、成長した杉立木の年数回の見回り、木払いとか、数年に一回の間伐などをなしたのみでは足りず、適当な場所に標木を立てこれに目印をするなどしていわゆる明認方法を施すとか、立木周辺に棚を認けるなどのように他人が立木が何人の支配に属するかを知り得るような施設をなし、もつて排他的支配の意思を明確に表示するなどして客観的に明確な程度に排他的な支配状態を続けることを要すると解すべきところ、全証拠によるもこれを認めるに足りないとして、時効取得を否定しています。

     

    (東京高裁昭和55年12月16日判決)

    当事者双方が係争地に苗の植付をし、その後下刈を行つている等、当該土地の管理占有が競合してなされていたものと認められる場合には、取得時効の要件たる占有継続はないと判示しています。

     

    (札幌高裁昭和53年12月21日判決)

    畑にバラス(砕石)を散布していたという事案について、移動の困難な建物、石標等と異なり、地表に散布されたバラスは、通常は人為的に容易にこれを除去、移動させることができるし、また自然に散逸、移動することもあり得るから、バラスの散布範囲が10年間全く変化しなかったと推認することは、特段の事情がないかぎり、経験則に照らし相当ではないとして、占有範囲が不明確であるとして、原審に差し戻しをしています。

     

    (その他の裁判例)

    その他、次のようなケースでは、時効取得の基礎となる占有があったとは認められないと判示されています。

     

    ・土地にある泉から他に水を引用すること(大審院大正8年5月5日判決)
    ・通行と隣地の古井戸使用のため利用すること(東京高裁昭和48年8月28日判決)
    ・通行の際に土地の状態を観察・監視すること(札幌高裁昭和57年7月19日判決)

     

     

  • qa

    2021.05.25

    【損害賠償】マンション管理について、理事や管理会社の善管注意義務違反を認められるケース

    マンション管理2

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    一般に、管理組合の役員と管理組合の法律関係については、役員を受任者とし、管理組合を委任者とする委任契約が成立しているものと解され、受任者(理事長その他の役員)は委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負います(民法644条)。

     

    もっとも、どのような場合に善管注意義務違反となるかについては評価の問題であり、悩まれる方もいらっしゃると思います。前回は、裁判例上、善管注意義務違反が認められなかったケースについて、ご紹介させていただきましたので、今回は、裁判例上、善管注意義務違反を認めたケースについて、ご紹介させていただきます。

     

    ■会計担当理事の横領に関する他の理事の責任


     

     

    (会計監査役員)
    会計監査役員として、会計担当理事Aが作成した前年度の収支決算報告書を確認・点検し、会計業務が適正に行われていることを確認すべき義務があったにもかかわらず、Aから示された虚偽の収支決算報告書の記載とAが偽造した残高証明書の残高等を確認するだけで、預金口座の通帳の確認をせず、Aによる横領行為を看過したものであった。そして、Aが示した預金口座の残高証明書は、Aが自分のワープロで偽造したというものであって、その体裁等からして真実の銀行発行の預金口座の残高証明書の原本とはかなり異なるものであったことが推認され、このような偽造された残高証明書を安易に信用し、Aが保管しており、その確認が容易である預金口座の預金通帳によって残高を確認しようとしなかった会計監査役員には、善管注意義務違反があったと認めざるを得ない(東京地裁平成27年3月30日判決)。

     

    (理事長)
    理事長として、前年度の収支決算報告書を作成して総会で自治会員に報告する義務を負っていたものである。したがって、たとえ会計については会計担当理事に委託しており、また、会計監査役員による会計監査が行われていたとしても、やはり理事長が自治会員に対して収支決算報告をすべき最終的な責任者であることに照らすと、会計担当理事Aが作成した収支決算報告書を確認・点検して適正に行われていることを確認すべき義務があったといわざるを得ない。それにもかかわらず、理事長は、Aに預金口座の管理、その預金通帳及び銀行用印鑑の保管を任せていたにもかかわらず、会計の報告につき、定期総会の直前にAから簡単な説明を受けるのみであって、預金口座の通帳の残高を確認することなく、また、会計監査役員に対し、預金口座の通帳を確認するなどの適正な監査をすべき指示を出したり、適正な監査をしているかを確認したりすることもなく、その結果、Aによる会計業務の具体的内容について十分な確認をしないままとしていたものであって、このような理事長には、善管注意義務違反があったと認めざるを得ない(同上)。

     

    (副理事長・責任否定
    副理事長においては、規約上も実際の職務分担のいずれにおいても、自治会の会計事務について具体的に何らかの権限が与えられていたものではないところ、このような副理事長において、会計事務について何らかの措置を講ずべき場合とは、理事長が会計に関して行っていた行為について何らの補佐をしなければならない状況が存在することになった場合又は理事長に事故があった場合であると解される。しかるところ、当時、副理事長自身はもちろん、理事長やその他の自治会関係者においても、自治会の会計事務において副理事長が何らかの措置を講ずべき状況にあると認識されておらず、また、理事長に事故があるとの状況にもなかったことに照らすと、会計担当理事の横領行為につき、副理事長において予見して何らかの措置を講ずべきであったということはできず、副理事長に自治会に対する善管注意義務違反があったと認めることはできない(同上)。

     

    ■監査報告書の無断作成


     

     

    理事長は、管理組合の監事から委任を受けていないにもかかわらず、監事を代理して監査報告書を作成したものであるところ、監事は、理事による業務執行が適正に行われているか監査するための機関であることにも鑑みれば、理事長が、監事が作成した監査報告書を議案書に添付せずに、自ら無権限で作成した監査報告書を添付して組合員に交付したことは、管理組合の理事長としての善管注意義務に違反する(ただし、これによる管理組合への損害の発生については否定。東京地裁令和2年7月10日判決)。

     

     

    ■監事候補者の不実記載


     

     

    理事長は、Gが管理組合の監事に立候補していることを認識していたのであり、管理規約によれば、理事長は、総会を招集するものとされ、その際には、会議の目的を示して組合員に通知を発しなければならないとされているのであるから、Gが監事に立候補していることを通常総会の議案に記載すべき義務を負っていたと認めることができ、理事長がこれを故意に議案に記載しなかったことは、理事長としての善管注意義務に違反する(ただし、これによる管理組合への損害の発生については否定。東京地裁令和2年7月10日判決)。

     

    ■共用部分の総会決議を経ない賃貸


     

     

    マンションのラウンジであったところをRの店舗をして賃貸することとなったのであり、賃貸部分は従来の用途を全く変えたものといえるから、共用部分の変更に当たる。共用部分の変更をするためには管理組合の総会で区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数による決議を経る必要があるから、理事長は、Rとの間で、賃貸借契約を締結するにあたり、総会での決議を経る必要があった。しかし、理事長は、賃貸借契約を締結するに際し、総会での決議を経ていない。理事長は、マンションの業務を法律や規約に従って行わなければならない。そうすると、理事長が総会での決議を経ないまま賃貸借契約を締結したことは、善管注意義務に反する(福岡地裁平成30年3月7日判決)。

     

    ■共用部分の管理


     

     

    変色の生じた外壁部分は、共用部分に当たるところ、管理組合は、規約上敷地及び共用部分等の管理責任を負っている。したがって、管理組合は、同外壁部分につき管理責任を負い、その原因や修理経過、今後の修理計画について把握する義務がある。この義務が個々の組合員に対して負うものかはともかく、管理組合は、原告が、当時の管理組合理事長に対し、工事の実施に関する資料の提出を要求した際、一切の資料がないとして、この要求に応じなかったことからすれば、それ以前に外壁の補修工事が行われた事実を含め、変色の原因につき詳細を把握していなかったと認められ、したがって、上記義務を怠ったことが認められる(ただし、マンションの価値下落との因果関係は否定。横浜地裁平成13年12月28日判決)。

     

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