損害賠償問題

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    2024.03.13

    退職後の競業行為に関する損害賠償の可否

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    顧問先等から、役員や従業員による退職後の競業行為や、従業員や顧客の引き抜き行為に関する相談を受けることが、そこそこあります。

    この点、退職後の競業行為等を禁止する合意書や誓約書、就業規則が存在する場合には、その内容や有効性を判断することになります。

    退職後の従業員に競業避止義務を負わせることは、その者の職業選択の自由を制約することになりますので、公序良俗に反し無効となる場合もありますが、今回はどのような場合に合意が有効で、どのような場合に無効になるかという問題には立ち入りません。

    今回は、このような退職後の競業避止義務等に関する合意がない場合において、判例や裁判例を概観し、どのような行為が違法とされ、損害賠償請求できるかについて説明させていただきます。

    退職

     

    ■不法行為等の成立を認めた裁判例


     

    【東京地裁昭和51年12月22日判決】

    会社の取締役らが在職中から新会社の設立を企図し、突然にしかもいつせいに退職して退職した会社と営業の一部競合する新会社を設立し、従来からの会社の得意先に対し、同社と同一もしくは類似した商品の販売を開始した事案について、次のように判断しています。

    被告らが原告会社と競合する被告会社を設立することは自由であると言っても、その設立については原告会社に必要以上の損害を与えないように、退職の時期を考えるとか、相当期間をおいてその旨を予告するとか、さらには被告会社で取扱う製品の選定やその販売先などにつき十分配慮するなどのことが当然に要請されるのであってて、いたずらに自らの利益のみを求めて他を顧みないという態度は許されない。しかるに前記認定事実からすれば、被告らは原告会社在職中から被告会社の設立を企図し、突然にしかも一斉に同社を退職して同社と営業の一部競合する被告会社を設立し、従来からの原告会社の得意先に対し、同社と同一若しくは類似した商品の販売を開始したというのであるから、同人らのかかる行為は先に述べたことからして著しく信義を欠くものと言わざるを得ず、もはや自由競争として許される範囲を逸脱した違法なものと言わざるを得ない。

     

    【東京地裁平成5年1月28日判決】(チェスコム秘書センター事件)

    原則的には、営業の自由の観点からしても労働(雇傭)契約終了後はこれらの義務を負担するものではないというべきではあるが、すくなくとも、労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して、使用者が取引継続中のものに働きかけをして競業を行うことは許されないものと解するのが相当であり、そのような働きかけをした場合には、労働契約上の債務不履行となるものとみるべきである。

     

    【横浜地裁平成20年3月27日判決】(ことぶき事件)

    美容室の総店長として勤務していた者が、退職時に無断で顧客カードを持ち出し、他店で勤務する際に利用していたという事案について、次のように判断しています。

    顧客カードの管理状況について見ると、リプル店において、顧客カードは、リプル店の顧客が自由にこれを見ることができるような状態に置かれてはいなかったものの、単に輸ゴムで束ねられ、カウンターの下の三段ボックスや顧客の荷物置場に保管されていたにすぎず、これに秘密とする旨の格別の表記等もされず、被告が顧客カードを持ち出した当時、これが施錠できる場所に保管されていたわけではなく、また、パソコンに入力されていた顧客情報についても、パスワードの設定がされておらず、従業員が自由に顧客情報にアクセスすることができる状態に置かれていたものと認められるのである。そうすると、顧客カードは、秘密に管理され、情報の漏洩防止のための客観的な管理下に置かれていたとは認め難いから、顧客カードにつき、上記の秘密管理性を認めることはできない。

    顧客カードは「営業秘密」に当たらないから、被告が顧客カードを持ち出した行為を不正競争防止法2条1項4号の「不正競争」と認めることはできないが、その有用性及び非公知性は肯認されるのであって、たとえ従業員であってもこれを原告の承諾なく持ち出して、リプル店の営業活動以外の目的で使用するのは、不法行為に当たるというべきである。

     

     

    ■不法行為等の成立を否定した裁判例


     

    【最高裁平成22年3月25日判決】

    工作機械部品等製造会社を競業避止義務特約の定めなく退職した従業員が、別会社を事業主体として同種の事業を営み、退職した会社の取引先から継続的に仕事を受注した行為につき、退職のあいさつの際などに取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のことはしているものの、取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用することを超えて、退職した会社の営業秘密に係る情報を用いたり、信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行ったものではなく、また、退職直後に会社の営業が弱体化した状況を利用したともいい難い等の諸事情を総合し、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものとはいえず、不法行為に当たらないとされた事例。

     

    【東京地裁平成20年11月7日判決】(スタートレーディング事件)

    従業員は退職後に使用者に対して競業避止義務を負うものではなく、自由競争を逸脱するような方法で使用者の顧客を奪取したような場合に例外的に不法行為が成立する余地があるにすぎない。

    被告Bは、原告の顧客に対し、退職の挨拶をする際に新たに会社を始めることを告げたところ、求められるままに価格表等を提示してこれによって取引が開始されたことが認められる。そうすると、被告Bは、原告における営業担当者であったことを活用して顧客を獲得したという面があることは否定できない。ただ、その際、原告よりも極端に取引条件を有利にしたとか、原告との取引を止めるよう執拗に勧めたとか、原告について何か虚偽の事実を告げたとか等の事情は認められない。また、これら顧客としても、長年取引のあった原告との取引を中止し、新たな業者と取引を開始することは相応の危険を伴うことであり、顧客が取引に応じたということは、顧客自身の選択でもある。そのように考えると、被告Bないし被告会社の行なった取引が自由競争を逸脱した取引であるとは認められない。

     

    【東京地裁平成20年7月24日判決】

    被告は、原告を退職後、新会社の設立準備中に、偶々、Gからプロジェクトのコンペに参加するよう打診を受け、被告が原告の従業員として稼働していた際に知り得た業務上又は技術上の秘密等を利用することなく、退職後に自ら行った現地調査や周辺環境の調査等を元に、それまで培った知識・経験等を生かして企画書を作成・提出し、顧客のコンペにおいて最も高い評価を得たがために、受注に至ったのであって、これを自由競争の範囲を逸脱した違法なものということはできない。

     

    【大阪地裁平成12年9月22日判決】

    すでに被告会社を退職していた被告石井が,被告会社と競合する新規事業を計画し,その遂行に必要な従業員を確保し契約園を募るなどした結果,被告会社の従業員の一部がこれに応じて被告会社を退職し,被告会社が受託していた幼稚園の一部が被告会社との契約を解消したとしても,そのような被告石井の競業行為やこれに呼応した従業員の行為が当然に被告会社に対する背任行為等として不法行為となるものではない。

     

     

    ■まとめ


     

    以上から、社会通念上自由競争の範囲を逸脱した違法な態様で、元雇用者の顧客を奪取したとみられる場合には、元従業員の行為が違法と判断され、損害賠償を受ける可能性があります。

     

    それでは、具体的にどのような場合に、「社会通念上自由競争の範囲を逸脱する」と評価されるおそれがあるかといいますと、次のような行為が挙げられます。

    ・退職した会社の営業秘密に係る情報を用いて営業活動を行う。

    ・退職した会社について虚偽の事実を告げたり、その信用をおとしめたりするなどの不当な方法で営業活動を行う。

    ・退職直後に退職した会社の営業が弱体化した状況を利用して営業活動を行う。

    ・顧客に対し、退職した会社よりも極端に取引条件を有利にする。

    ・顧客に対し、退職した会社との取引を止めるよう執拗に勧める。

     

    他方、次のような行為については、自由競争の範囲内と解されます。

    ・退職のあいさつの際などに取引先の一部に対して独立後の受注希望を伝える程度のこと

    ・取引先の営業担当であったことに基づく人的関係等を利用する程度

    ・退職後に、それまで培った知識・経験等を生かして企画書を作成・提出し、顧客のコンペにおいて評価を得て、受注に至った場合

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    2022.02.04

    【損害賠償】不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金を、元本に組み入れることはできるか?

    遅延損害金

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    早速、タイトルへの回答ですが、「できない」と最高裁令和4年1月18日判決は、判示しましたので、ご紹介させていただきます。

     

    ■民法405条の趣旨


     

    同条には、「利息の支払が一年分以上延滞した場合において、債権者が催告をしても、債務者がその利息を支払わないときは、債権者は、これを元本に組み入れることができる。」と定められています。

     

    これは、債務者において著しく利息の支払を延滞しているにもかかわらず、その延滞利息に対して利息を付すことができないとすれば、債権者は、利息を使用することができないため少なからぬ損害を受けることになることから、利息の支払の延滞に対して特に債権者の保護を図る趣旨に出たものと解されています。

    そして、遅延損害金であっても、貸金債務の履行遅滞により生ずるものについては、その性質等に照らし、上記の趣旨が当てはまるということができるとされています(大審院昭和17年2月4日判決)。

     

    ■問題の所在


     

    では、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金についても、民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることができるかが問題の所在です。

     

    ■不法行為に基づく損害賠償債務


     

    この点、最高裁令和4年1月18日判決は、次のように判示して、否定しました。

     

    不法行為に基づく損害賠償債務は、貸金債務とは異なり、債務者にとって履行すべき債務の額が定かではないことが少なくないから、債務者がその履行遅滞により生ずる遅延損害金を支払わなかったからといって、一概に債務者を責めることはできない。

    また、不法行為に基づく損害賠償債務については、何らの催告を要することなく不法行為の時から遅延損害金が発生すると解されており、上記遅延損害金の元本への組入れを認めてまで債権者の保護を図る必要性も乏しい。

    そうすると、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金については、民法405条の上記趣旨は妥当しないというべきである。

     

    したがって、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は、民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることはできないと解するのが相当である。

     

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    2022.01.12

    【企業法務】代表取締役を解職された場合、損害賠償請求できるか?

    代表取締役社長

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    取締役などの役員は、いつでも、株主総会の決議によって解任することができます(会社法339条1項)。理由のいかんを問いません。

     

    ただし、解任について正当な理由がない場合には、解任された取締役は、会社に対し、解任によって生じた損害の賠償請求をすることができる旨が会社法に定められています(同条2項)。

    詳しくは、【取締役の解任】職務不適任を理由とする「正当な理由」の該当性をご参照ください。

     

    ■問題点


     

    それでは、取締役会において、代表取締役を解職された場合、任期の間、将来得べかりし代表取締役としての報酬相当額について、損害賠償請求できるのでしょうか?

     

    最近、このようなご相談を受けましたので、調べてみましたが、この点について解説をしている文献はあまり多くはなく、裁判例を1つ見つけました。

     

    法律上の根拠としては、会社と代表取締役とは委任の関係にあるところ(会社法330条)、民法651条2項は、委任においては、当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、やむを得ない事由があったときを除き、相手方の損害を賠償しなければならない旨定めていることから、代表取締役の解職決議に民法651条の適用があり、同条2項に基づき損害賠償請求できるかが問題となります。

     

    ■富山地裁高岡支部平成31年4月17日判決


     

    当該判決は、次のように判示して、将来得べかりし代表取締役としての報酬相当額に関する損害賠償請求を否定しています。

     

    代表取締役の解職の手続に、委任解除の規定である民法651条が適用されるかは一つの問題ではあるが、仮にその適用があるとしても、同条2項における「相手方に不利な時期」とは、委任に係る事務処理自体との関連において不利な時期をいうものと解され、また、同項にいう損害とは、解除の時期の不当なことによる損害をいうものと解される。

     

    そして、報酬を支払う旨の約定のある有償の委任契約においては、解除により将来の報酬債権が生じないことは当然であって、委任は各当事者がいつでも解除することができるものである以上、受任者が将来得べかりし報酬は、当然には解除の時期の不当なことによる損害として上記損害に含まれるものではないというべきである。

     

    なお、当該訴訟において、原告は、代表取締役はその役職に伴う重責を背負いながら、他方で、いつ、いかなる理由であろうと解職され、報酬請求権を失うというのでは、代表取締役は極めて不安定な立場に置かれ、不当である旨主張していますが、この点について、当該判決は、次のように判示しています。

     

    明文上、代表取締役の報酬を保護する規定はないうえ、代表取締役が代表の地位を退き、これに伴う報酬の減額があったとしても、取締役としての地位を失うものではなく、これに対応する報酬請求権は得られるのであるから、著しく酷というものではなく、それが不当であるということはできない。

     

    ■会社法339条2項の類推適用


     

    もっとも、代表取締役を解職された場合にも、取締役が解任された場合の会社法339条2項の類推適用がされるか否かについては争いがあり、これを肯定し、正当な理由なく解職された代表取締役は会社に対し、損害賠償請求できるとする見解も存在します。

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    2021.06.24

    【交通事故】ドライブレコーダーの映像提出を命じた裁判例

    ドライブレコーダー

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

    今回は、交通事故に関し、東京都に対し、事故車両である都営バスに設置されていたドライブレコーダーの映像が準文書にあたるとして、民事訴訟法の文書提出命令に基づき、その提出を命じた裁判例(東京高裁令和2年2月21日決定)をご紹介させていただきます。

     

    ■事案の概要


     

     

    被害者が都営バスに衝突して死亡した交通事故について、その相続人(原告)が、東京都(代表者は公営企業管理者東京都交通局長)に対し、損害賠償請求訴訟を提起した事案です。

     

    東京都は事故態様について争い、被害者にも過失があるとして、過失相殺の主張をしたことから、原告が上記ドライブレコーダーの映像について、文書提出命令の申立をしました。

     

    ■根拠条文


     

     

    民事訴訟法第220条2号には、「挙証者が文書の所持者に対しその引渡し又は閲覧を求めることができるとき。」は、「文書の所持者は、その提出を拒むことができない。」と定められています。

     

    実体法上の引渡・閲覧請求権が認められることが、同条号の要件ですが、これら請求権が私法上のものに限られるか、公法上のものを含むかについては争いがあります。

     

    当該裁判例は、東京都情報公開条例に基づき、文書提出を認めていますので、公法上の請求権に基づくものも認める立場と考えられます。

     

    ■東京都情報公開条例の構造


     

     

    東京都情報公開条例には、非開示情報が記録されている場合を除き、開示請求をしたものに対し、当該公文書を開示しなければならない旨が定められています(7条本文)。

     

    そして、原則として、個人に関する情報で特定の個人を識別することができるもの(個人識別情報)は、非開示情報にあたるが(同条1項)、

     

    例外的に、人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報は非開示情報には当たらないとされています(同項ロ)。

     

    ■裁判例の判断基準


     

     

    当該裁判例は、この東京都情報公開条例の構造から、特定の情報が公開の対象となるか否かは、

     

    ・当該情報の開示により、個人情報が開示されることによる不利益の程度と

    ・当該情報の開示により、保護される人の生命、健康、生活又は財産の重要性を

     

    比較衡量して、判断すべきとしています。

     

    ■裁判例のあてはめ


     

     

    当該裁判例は、

     

    ・走行中の都営バスのドライブレコーダーにより記録された映像であること

    ・約2分間という短時間のものであること

    ・開示の目的が民事訴訟の証拠として使用するものであること

     

    からすれば、仮にその映像に、特定個人の容貌や、車両のナンバープレートがなどの個人情報が含まれていても、訴訟中において、これらが開示されることによる不利益は非常に小さなものであるとしました。

     

    これに対し、本件の基本事件が、

     

    ・死亡事故に係る損害賠償請求訴訟であること

    ・過失相殺が争点になっていること

    ・映像の開示により過失割合に関する裁判所の判断が変動し、損害賠償額が大きく変わる可能性があるこ十分にあること

     

    から、ドライブレコーダー映像の開示により保護される可能性がある財産的利益は、相当程度大きいものがあるとしています。

     

    ■裁判例の結論


     

     

    以上によれば、ドライブレコーダー映像の提供により保護される財産的利益は、その提供により個人情報が開示される不利益を大きく上回っているから、当該映像は、民事訴訟法220条2号に該当するとして、文書提出命令を認めています。

     

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    2021.06.17

    【損害賠償】営業権侵害における不法行為の成否

    営業権侵害

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    営業活動が許される自由競争の範囲を逸脱した違法な行為については、不法競争防止法において「不正競争」として規制されています。

     

    それでは、不法競争防止法の定める「不正競争」に該当しない行為についても、不法行為(民法709条)にあたるとして、同条に基づく損害賠償請求をすることができるでしょうか?

     

    ■ 営業権とは?


     

     

    営業権ないし営業上の利益とは、権利として保護される範囲が固定されたものではありませんし、絶対的・排他的性質をもつ権利ではありません。

     

    営業権が権利として保護すべきか否かは、競業者の営業の自由(営業権)、職業選択の自由、その他の権利との衡量をする必要があります。

     

    ■ 最高裁平成23年12月8日判決(北朝鮮映画事件)


     

     

    この問題を考えるにあたって、営業権の問題ではなく、著作権に関するものですが、著作権法に定める著作物に該当しない著作物の利用行為について、原則的に、不法行為の成立を否定した最高裁平成23年12月8日判決(北朝鮮映画事件)が参考になります。同判決は次のように判示しています。

     

    著作権法は、著作物の利用について、一定の範囲の者に対し、一定の要件の下に独占的な権利を認めるとともに、その独占的な権利と国民の文化的生活の自由との調和を図る趣旨で、著作権の発生原因、内容、範囲、消滅原因等を定め、独占的な権利の及ぶ範囲、限界を明らかにしている。

     

    同法により保護を受ける著作物の範囲を定める同法6条もその趣旨の規定であると解されるのであって、ある著作物が同条各号所定の著作物に該当しないものである場合、当該著作物を独占的に利用する権利は、法的保護の対象とはならないものと解される。

     

    したがって、同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではない。

     

    ■ 知財高裁平成24年8月8日判決


     

     

    また、知財高裁平成24年8月8日判決は、不正競争防止法も、事業者間の公正な競争等を確保するため不正競争行為の発生原因、内容、範囲等を定め、周知商品等表示について混同を惹起する行為の限界を明らかにしており、ある行為が不正競争行為に該当しないものである場合、商品等表示を独占的に利用する権利は、原則として法的保護の対象とはならないとし、不正競争防止法が規律の対象とする周知商品等表示の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である旨判示しています。

     

    ■ 不正競争防止法が定める「不正競争」


     

     

    不正競争防止法第2条1項に定められている「不正競争」は限定列挙であり、例示列挙ではありません。

     

    同法を制定するにあたり、利害関係のある当事者各層の権利・利益、公共の利益等を総合考慮して、法規制の対象とする行為と、法規制の対象としない行為とを切り分けて判断したはずです。

     

    すると、同法の定めが不正競争法秩序のもとでの競業行為に対する価値判断としては最終的であり、「不正競争」に該当しない行為については、法的に積極的に許容されていると考えられます(潮見佳男『不法行為法Ⅰ〔第2版〕』参照)。

     

    ■ 結論


     

     

    以上から、不法競争防止法の定める「不正競争」に該当しない行為については、不法行為(民法709条)は成立せず、同条に基づく損害賠償請求もできないと考えられます。

     

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    2021.05.25

    【損害賠償】マンション管理について、理事や管理会社の善管注意義務違反を認められるケース

    マンション管理2

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    一般に、管理組合の役員と管理組合の法律関係については、役員を受任者とし、管理組合を委任者とする委任契約が成立しているものと解され、受任者(理事長その他の役員)は委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負います(民法644条)。

     

    もっとも、どのような場合に善管注意義務違反となるかについては評価の問題であり、悩まれる方もいらっしゃると思います。前回は、裁判例上、善管注意義務違反が認められなかったケースについて、ご紹介させていただきましたので、今回は、裁判例上、善管注意義務違反を認めたケースについて、ご紹介させていただきます。

     

    ■会計担当理事の横領に関する他の理事の責任


     

     

    (会計監査役員)
    会計監査役員として、会計担当理事Aが作成した前年度の収支決算報告書を確認・点検し、会計業務が適正に行われていることを確認すべき義務があったにもかかわらず、Aから示された虚偽の収支決算報告書の記載とAが偽造した残高証明書の残高等を確認するだけで、預金口座の通帳の確認をせず、Aによる横領行為を看過したものであった。そして、Aが示した預金口座の残高証明書は、Aが自分のワープロで偽造したというものであって、その体裁等からして真実の銀行発行の預金口座の残高証明書の原本とはかなり異なるものであったことが推認され、このような偽造された残高証明書を安易に信用し、Aが保管しており、その確認が容易である預金口座の預金通帳によって残高を確認しようとしなかった会計監査役員には、善管注意義務違反があったと認めざるを得ない(東京地裁平成27年3月30日判決)。

     

    (理事長)
    理事長として、前年度の収支決算報告書を作成して総会で自治会員に報告する義務を負っていたものである。したがって、たとえ会計については会計担当理事に委託しており、また、会計監査役員による会計監査が行われていたとしても、やはり理事長が自治会員に対して収支決算報告をすべき最終的な責任者であることに照らすと、会計担当理事Aが作成した収支決算報告書を確認・点検して適正に行われていることを確認すべき義務があったといわざるを得ない。それにもかかわらず、理事長は、Aに預金口座の管理、その預金通帳及び銀行用印鑑の保管を任せていたにもかかわらず、会計の報告につき、定期総会の直前にAから簡単な説明を受けるのみであって、預金口座の通帳の残高を確認することなく、また、会計監査役員に対し、預金口座の通帳を確認するなどの適正な監査をすべき指示を出したり、適正な監査をしているかを確認したりすることもなく、その結果、Aによる会計業務の具体的内容について十分な確認をしないままとしていたものであって、このような理事長には、善管注意義務違反があったと認めざるを得ない(同上)。

     

    (副理事長・責任否定
    副理事長においては、規約上も実際の職務分担のいずれにおいても、自治会の会計事務について具体的に何らかの権限が与えられていたものではないところ、このような副理事長において、会計事務について何らかの措置を講ずべき場合とは、理事長が会計に関して行っていた行為について何らの補佐をしなければならない状況が存在することになった場合又は理事長に事故があった場合であると解される。しかるところ、当時、副理事長自身はもちろん、理事長やその他の自治会関係者においても、自治会の会計事務において副理事長が何らかの措置を講ずべき状況にあると認識されておらず、また、理事長に事故があるとの状況にもなかったことに照らすと、会計担当理事の横領行為につき、副理事長において予見して何らかの措置を講ずべきであったということはできず、副理事長に自治会に対する善管注意義務違反があったと認めることはできない(同上)。

     

    ■監査報告書の無断作成


     

     

    理事長は、管理組合の監事から委任を受けていないにもかかわらず、監事を代理して監査報告書を作成したものであるところ、監事は、理事による業務執行が適正に行われているか監査するための機関であることにも鑑みれば、理事長が、監事が作成した監査報告書を議案書に添付せずに、自ら無権限で作成した監査報告書を添付して組合員に交付したことは、管理組合の理事長としての善管注意義務に違反する(ただし、これによる管理組合への損害の発生については否定。東京地裁令和2年7月10日判決)。

     

     

    ■監事候補者の不実記載


     

     

    理事長は、Gが管理組合の監事に立候補していることを認識していたのであり、管理規約によれば、理事長は、総会を招集するものとされ、その際には、会議の目的を示して組合員に通知を発しなければならないとされているのであるから、Gが監事に立候補していることを通常総会の議案に記載すべき義務を負っていたと認めることができ、理事長がこれを故意に議案に記載しなかったことは、理事長としての善管注意義務に違反する(ただし、これによる管理組合への損害の発生については否定。東京地裁令和2年7月10日判決)。

     

    ■共用部分の総会決議を経ない賃貸


     

     

    マンションのラウンジであったところをRの店舗をして賃貸することとなったのであり、賃貸部分は従来の用途を全く変えたものといえるから、共用部分の変更に当たる。共用部分の変更をするためには管理組合の総会で区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数による決議を経る必要があるから、理事長は、Rとの間で、賃貸借契約を締結するにあたり、総会での決議を経る必要があった。しかし、理事長は、賃貸借契約を締結するに際し、総会での決議を経ていない。理事長は、マンションの業務を法律や規約に従って行わなければならない。そうすると、理事長が総会での決議を経ないまま賃貸借契約を締結したことは、善管注意義務に反する(福岡地裁平成30年3月7日判決)。

     

    ■共用部分の管理


     

     

    変色の生じた外壁部分は、共用部分に当たるところ、管理組合は、規約上敷地及び共用部分等の管理責任を負っている。したがって、管理組合は、同外壁部分につき管理責任を負い、その原因や修理経過、今後の修理計画について把握する義務がある。この義務が個々の組合員に対して負うものかはともかく、管理組合は、原告が、当時の管理組合理事長に対し、工事の実施に関する資料の提出を要求した際、一切の資料がないとして、この要求に応じなかったことからすれば、それ以前に外壁の補修工事が行われた事実を含め、変色の原因につき詳細を把握していなかったと認められ、したがって、上記義務を怠ったことが認められる(ただし、マンションの価値下落との因果関係は否定。横浜地裁平成13年12月28日判決)。

     

  • qa

    2021.05.24

    【損害賠償】マンション管理について、理事や管理会社の善管注意義務違反が認められないケース

    マンション管理組合

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    一般に、管理組合の役員と管理組合の法律関係については、役員を受任者とし、管理組合を委任者とする委任契約が成立しているものと解され、受任者(理事長その他の役員)は委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負います(民法644条)。

     

    また、管理会社は、管理組合に対し、管理委託契約上の善管注意義務を負っています。

     

    もっとも、どのような場合に善管注意義務違反となるかについては評価の問題であり、悩まれる方もいらっしゃると思いますので、その参考にしていただくため、今回は、裁判例上、善管注意義務違反が認められなかったケースについて、ご紹介させていただきます。

     

    なお、今回は、理事や管理会社が管理組合に対し、具体的にどのような善管注意義務を負うかや、どのような場合に、その善管注意義務に違反したと評価できるかについて判示した裁判例を紹介するものであり、事実認定について争いがあった裁判例(例えば、横領行為があったか否かなど)については、取り扱いません。

     

     

    ■相見積をとったり、費用の妥当性を検証しなかった場合


     

     

    東京地裁平成31年1月24日判決は、管理組合の役員となる資格は管理組合の組合員であることのみであり、特別な知識、素養等を要求されていないことからすれば、誠実義務は、管理組合の意思決定機関である総会の決議に従って、その執行を行うことを基本とするものであって、マンションの管理業務を業者に外注するに際して、複数の業者から相見積りを取得して比較検討したり、周辺相場を確認できる資料を取得したりするなどして費用の妥当性を検証すべき法的な義務が常に課されていると解することはできないと判示しています。

     

    ■交換周期よりも早い工事の実施


     

     

    東京地裁令和2年7月10日判決は、国土交通省策定のマンション管理標準指針コメントは、各備品の一般的な耐用年数等によって改修の周期の一つの目安を示しているにすぎず、郵便受け工事は、従前の郵便受けが老朽化したとして交換したものではなく、郵便物の大型化などによって、その使用に不都合が生じるようになったために交換したと認められるのであり、郵便受けの一般的な耐用年数経過前の交換であったとしても、マンションの居住者の要望に応じてされた適切な工事であったとし、総会決議を得て、これよりも早く交換をしたからといって、直ちに理事長としての善管注意義務に違反することにはならない旨判示しています。

     

    また、同判決は、交換周期よりも早い自転車置場の工事についても、大規模修繕に向けた建物調査診断報告書には、駐輪設備に腐食が見られる旨の指摘があること、改修前の駐輪設備では、登録された自転車の台数も賄えない状態となっている上、2段式ラックの上段も使用できない部分が多く、居住者からも駐輪場整備の要望が寄せられていたことから、マンションの居住者の要望に応じてされた適切な工事であったと認められるとして、善管注意義務違反を否定しています。

     

    ■割高なリース契約の更新


     

     

    東京地裁令和2年7月10日判決は、管理組合が従前の防犯カメラを利用していればリース料が安く済んだ旨主張するが、防犯カメラ更新によるリース料が、一般的な相場を離れて不相当に高額であったとか、新たな支出が従前の防犯カメラと更新後の防犯カメラの機能面の違いに明らかに見合っていないとの主張立証はないとし、防犯カメラには、価格や機器の質の面で様々なものがあり得るところ、機能面での違いを無視して、最も安価なものを選ばなければ直ちに理事長としての善管注意義務違反になるわけではない旨判示しています。

     

    ■修繕工事の優先順位の判断


     

     

    東京地裁令和2年7月10日判決は、管理組合が大規模修繕工事の際、屋上防水工事を実施しなかったことを問題にしたことについて、各工事等は有効な総会決議を経て実施されているのであるから、工事等の優先順位は管理組合の組合員の総意により定められたものというべきであることに加えて、大規模修繕に向けた建物調査診断報告書の総合所見にも、屋上防水には大きな問題は見られないが、耐用年数を迎えていることから、大規模修繕工事と同時に全面改修をすることを勧める旨の記載がされているのであって、屋上防水工事を直ちに実施しなければならない旨の指摘もされていないことから、大規模修繕工事の際に屋上防水工事を実施しなかったことをもって、理事長としての善管注意義務違反があったと認めることはできないと判示しています。

     

    ■総会議案書の記載


     

     

    東京地裁令和2年7月10日判決は、管理会社が、臨時総会の議案書において、将来の修繕予定項目を列挙した中の一つとして、機械式駐車場に関する工事を挙げたことが認められるが、当該記載は、屋上及びルーフバルコニーの防水工事の議案説明のために、今後、予想される支出を列挙したものにすぎないし、仮に、将来、当該支出が議案として提出された場合に、管理組合において、問題であると考えるのであれば、その支出を承認しなければ足りるものであるから、そのような記載することが、善管注意義務違反に当たるとは認められない旨判示しています。

     

    ■総会議事録の記載


     

     

    東京地裁令和2年7月10日判決は、管理規約により、議事録は、総会の議長である理事長が作成することとされており、管理会社は、単にその素案を作成したにすぎないものであるし、管理組合が虚偽であると指摘する具体的内容は、「一生懸命やってこられたと信じたい」と記載すべきところを「やられてきたことには問題が無い」と記載したというものであって、結局、総会出席者の発言内容の要約が不適切であったというものにすぎず、理事長が、署名に当たって訂正すれば足りる程度のものであって、現にそのようにされているのであるから、上記をもって、管理会社に善管注意義務違反があるとは認められない旨判示しています。

     

    ■理事を解任された者に対する理事会資料の送信(情報漏えい)


     

     

    東京地裁令和2年7月10日判決は、管理会社が、理事を解任された元理事長に対し、理事会の資料を送信したことについて、これらは、管理組合の運営にかかる理事会の資料等の案文等にすぎないものであって、これらの文書の中にいかなる秘密が含まれ、これを元理事長に開示することがいかなる意味で管理組合の管理運営に支障を来すのかについて、具体的な主張立証はないから、これらを管理組合の組合員である元理事長に対して開示することが直ちに守秘義務違反に当たるとはいえないし、これらの書面の交付がおこなわれたのは、元理事長が臨時総会で解任されてから間もない、未だ混乱した状況下での行為であることにも鑑みれば、管理会社に管理委託契約上の善管注意義務違反があったとは認められない旨判示しています。

     

    ■大雨による駐車場に止めていた自動車の浸水事故


     

     

    東京地裁平成28年9月12日判決は、マンションの居住者かつ区分所有者が、マンションの機械式駐車場の地下部分に自己所有の自動車を駐車していたところ、台風に伴う大雨による駐車場の浸水事故により、自動車を廃車処分せざるをえなくなったとして、マンションの管理業者に対し、被害者の主張する通知義務、警報装置設置等義務及び土嚢設置等義務は、いずれも自動車の浸水事故を未然に防止するために何らかの措置をとることを内容とするものであるところ、当該管理業務契約においては、予め浸水事故防止措置をとることに関する定めはないことや、当該駐車場では、過去に自動車の浸水事故が発生したことはなく、管理業務契約に定められている業務内容を超えて、浸水事故を防止するための措置をとる義務の存在を基礎づける事情はないとして、損害賠償請求を否定しました。

     

  • qa

    2021.05.14

    【不動産売買】中古住宅の雨漏り等による契約不適合責任

    雨漏り

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    新築住宅で、雨漏りや漏水があれば、それは当然に瑕疵(契約に適合しない)であるといえ、契約不適合責任を追及することができます。

     

    それでは、中古住宅の場合はどうでしょうか?

     

    買主としては、買って1年もしないうちに、雨漏り等が生じた場合には、瑕疵があるんだから、売主に対し修繕や損害賠償請求することができると思うかもしれません。
    しかし、必ずしもそうはなりませんので注意が必要です。

     

    なお、【損害賠償】契約不適合による損害賠償請求の要件については、こちら

     

    また、【不動産売買】契約不適合責任の免責条項とその有効性については、こちらを、それぞれご参照ください。

     

    ■雨漏りが契約書等で明示されている場合


     

    中古住宅の売買において、雨漏りの事実や、瑕疵、劣化、損傷の程度が、売買契約書や重要事項説明書等で明示的に示されていて、買主がこれを容認して売買契約が締結された場合には、それらは契約の内容になっており、そもそも契約不適合には該当しません。

     

    東京地裁平成25年9月26日判決も、売買契約において、売主は一切の瑕疵担保責任を負わないこと、建物及びその設備は経年変化により老朽化・機能低下がみられ、これを原因として補修・修繕等が必要となり、その費用がかかる可能性があることが容認事項とされていたこと、不動産の引渡しは現況有姿のままされること、売主・買主間で雨漏りを修繕する旨の合意がないこと、買主は雨漏りの存在を事前に認識していたというべきであるから、その他、売主が雨漏りを修繕する義務を負うことを認めるに足りる根拠はないと判示して、買主側の請求を棄却しています。

     

    ■雨漏りが契約書等で明示されていない場合


     

    旧民法下の瑕疵担保責任について、裁判例は、売買の目的物が通常保有すべきことを取引上一般に期待されている品質・性能を欠く場合,目的物に隠れた瑕疵があるとして、売主はその瑕疵について責任を負う。そして、中古住宅が売買契約の目的物である場合,売買契約当時,経年変化等により一定程度の損傷等が存在することは当然前提とされて値段が決められるのであるから,当該中古住宅として通常有すべき品質・性能を基準として,これを超える程度の損傷等がある場合にこれを「瑕疵」というべきであると判示しています(東京地裁平成17年9月28日判決)。

     

    この考え方は、契約不適合責任においても、該当します。

     

    したがって、中古住宅に雨漏り等が生じた場合に、それが契約不適合に当たるか否かは、次のようなメルクマールで判断されます。

     

    ・当該中古住宅に、同種・類似の建物と比べ、通常有すべき品質・性能を基準として,これを超える程度の損傷等があったか。
    ・売買契約前に、大規模なリノベーションがなされていたか否か。
    ・売買代金が、当該中古住宅の価格として相場か、それとも高額か。

     

    以下、損害賠償を否定した裁判例と、肯定した裁判例をいくつかご紹介させていただきます。

     

     

    ■損害賠償責任を否定した裁判例


     

    (東京地裁令和元年10月17日判決)

    ビルを購入したところ、地下受水槽から漏水が発生していることなどが判明したとして、瑕疵担保責任等に基づき、損害賠償した事案につき、当該ビルは、築22年を経た中古ビルであり、現状有姿のまま引き渡すことに当事者双方が合意しているから、当該ビルに経年劣化による様々な不具合が生じていることは、売買契約を締結する上で当然の前提として売買代金等の条件に織り込み済みであると考えられる。したがって、当該ビルに不具合があっても、それが建物の安全性等、建物自体の使用の可否に関わるような重大なものではなく、経年劣化により通常生じ得るようなものである場合には、当該不具合をもって、瑕疵に当たるということはできないというべきであるとして、地下駐車場ピット内に地下水が浸出し、結露が発生するなどしていることについて、ビル自体の使用の可否に関わる重要なものであるとも、経年劣化により通常生じ得る程度を超えるものとも認められないから、ビルの瑕疵に当たるということはできないと判示しています。

     

    (東京地裁平成27年11月30日判決)

    買主が中古アパートである建物及びその敷地を買い受けた際、売主らから、雨漏りや腐食は発見されていない旨の説明を受けたにもかかわらず、引渡し後に雨漏りや腐食が発見され、修理費用などの損害を被ったと主張して、売主らに対し、瑕疵担保責任又は説明義務違反に基づき損害賠償請求した事案につき、売買契約に際し、「現在まで雨漏りは発見していない」、腐食を「発見していない」と明記した本件物件状況等報告書を交付したとしてもこの記載は、売主の当該建物の状況に関する認識を示したものにすぎず、これをもって直ちに過去に雨漏りや腐食が生じた物件ではないことを、自己の法律上の責任として保証したとまでは認められない。そして、過去に雨漏りや腐食があったこと自体は、それによって売買契約当時の建物の利用に支障を生じさせるものではなく、売買契約当時、当該建物が23年以上経年していたことも考慮すれば、瑕疵ということはできない旨判示しています。

     

    (東京地裁平成26年1月15日判決)

    売主は、契約締結に際し、買主に対して物件状況等報告書を交付し、その中で、物件には経過年数に伴う変化や、通常使用による摩耗、損耗があることを告知している一方、建物躯体及び窓やドアのアルミサッシの品質性能について契約上特段の合意がされたとか、売主が特段の品質性能を保証した事実はないことによると、契約上、売主と買主との間で、売買目的物である当該建物について合意された品質と性能は、築38年の分譲マンションが通常有する程度のものであったということができ、「瑕疵」の該当性も、そのような品質性能を欠いているか否かという観点から判断すべきである。当該建物で壁紙に雨水が浸透する不具合は、建物躯体のひび割れが原因であるとは認められるものの、大規模修繕が行われていない限り、経年により建物躯体に雨漏りを生じるようなひび割れが生じることは一般にあり得ることと認められるなどと判示して、損害賠償請求を棄却しています。

     

     

    ■損害賠償請求を認めた裁判例


     

    (東京地裁平成30年7月20日判決)

    売買契約の目的物である建物は、昭和35年新築の中古物件ではあるものの、売買契約が締結される直前に、設備、水回り、電気、内装、外装その他について大規模なリノベーション工事が行われていること、売買代金が築50年以上の建物としては高額であること、売主は、前所有者から、瑕疵担保責任を負担しないという条件で建物を取得している一方で、買主に対し、瑕疵担保責任を負担していることが認められ、そうすると、当該建物は、現状有姿で売買されたのではなく、社会通念に照らし、少なくとも住宅としての最低限の基準を満たす品質・性能を有するものとして売買された、すなわち、雨漏りのしない建物として売買されたとみるのが相当であるとして、洗面室の周囲の雨漏りについては、瑕疵にあたると判示しています。

     

    (東京地裁平成25年3月18日判決)

    降雨があった場合に、本件建物部分のうち書斎及び居間にルーフバルコニー側から浸水する状態にあったところ、当該サッシからの浸水が室内の絨毯や畳の交換を要する程度に及んでいることに照らせば、当該サッシの老朽化の程度は、築後30年の経年劣化を考慮しても、通常有する品質性能を欠くものであり、当該建物部分の瑕疵であるというべきである(なお、当該サッシがマンションの共用部分に属するが、当該サッシの瑕疵が当該建物部分の使用収益に直接影響を与えるものである以上は、売買における目的物の瑕疵として売主が瑕疵担保責任を負うべきものと解される)と判示しています。

     

    (東京地裁平成20年6月4日判決)

    買主らが、建物の柱等に雨漏りによる腐食とシロアリによる侵食があったところ、売主らが腐食及び侵食を知りつつこれを秘し、腐食及び侵食を容易に知ることができたのに十分な調査をしないで、当該建物を売却したと主張して、売主らに対し、瑕疵担保責任、債務不履行又は不法行為に基づき、損害賠償請求した事案につき、ある程度の年数を経た木造建物に雨漏りによる腐食の跡やシロアリによる侵食の跡があったとしても、それが当該建物の土台、柱等の躯体部分にあるのではなく、又は、その程度が軽微なものにとどまるときは、必ずしもこれをもって当該建物の瑕疵ということができない場合があることは否定できないが、当該建物のうち、とりわけサンルームの部分については、土台や柱といった躯体部分に雨漏りによる腐食とシロアリによる侵食があり、その範囲が柱の上部にまで及び、その程度も木材の内部が空洞化するまでに至っており、現に雨漏りがする状態であるというのであるから、当該建物が売買契約締結時において築後12年が経過した木造建物であることを考慮しても、同部分に建物としての瑕疵があることは明らかというべきであるとして、損害賠償請求を認めています。

     

  • qa

    2021.05.10

    【損害賠償】歩行者同士の衝突事故

     

    歩行者

     

    虎ノ門桜法律事務所の代表弁護士伊澤大輔です。

     

    私もかつて代理人として示談交渉をしたことがありますが、歩行者同士の衝突事故でも、被害者が思わぬ怪我を負い、損害賠償額が高額になることがあります。

     

    そこで、今回は歩行者同士の衝突事故について、ご紹介させていただきます。

     

    なお、自分でも気づかないうちに、このような歩行者同士の事故についても、対象となる賠償責任保険に加入している場合がありますので、万一、加害者になってしまった方は、保険会社に確認されることをお勧めします。不幸にも、被害者になってしまった方も、加害者に対し、そのような保険に加入してないか確認されることをお勧めします。

     

     

    ■大分地裁令和3年3月15日判決


     

     

    (事案の概要)

    登校中の事故当時13歳の中学2年生の女子(被告)が、対面歩行してきた79歳の女性(原告)と衝突し、原告が尻もちをつくような形で後ろ向きに転倒し、第1腰椎椎体骨折の傷害を負ったという事案です。

     

    (損害賠償責任を肯定)

    判決は、次のように判示して、被告の損害賠償責任を認め、約792万円の損害賠償を認めました。

     

    事故は中学校付近の歩道上で発生したものであるところ、当時は被告を含む中学校の生徒が登校する時間帯であり、かつ、歩道は車道外側線から測定しても約220cmの幅員しかなかったのであるから、その当時その場所においては歩行者同士が衝突する危険が具体的に発生していたものといえる。そして、被告は、事故当時、歩道の前方を歩行していた生徒4名を追い抜こうとしていたところ、上記生徒らは2列縦隊で進行しており、上記生徒らの前方の見通しは悪かったのであるから、このような場合、上記生徒らの前方から対向してくる歩行者と衝突して危害を加えることのないよう、対向歩行者の有無及び安全に十分留意しながら歩行すべき注意義務を負っていたものというべきである。

     

    しかるに、被告は、対向歩行者の有無及びその安全に留意することなく、漫然とIの後に追従して前方を歩行していた生徒4名の追い抜きを開始し、対向してきた原告の存在に気付かないまま衝突して事故を惹起したのであるから、被告には上記注意義務を怠った過失があるというべきである。

     

    (過失相殺を否定)

    原告は、事故当時、両手に荷物を持った状態ではあったものの、歩道を歩行していたにすぎず、その態様が対向歩行者と衝突する危険を生じさせるようなものであったものとはうかがわれない。として、過失相殺を否定しています。

     

    (素因減額3割)

    もっとも、事故の態様は、被告が対面歩行中の原告に衝突したことにより、原告が尻もちをつくような形で後ろ向きに転倒したというものにすぎず、そのような事故態様から重篤な後遺障害が生じることは通常は想定することができず、原告が事故当時79歳の女性であり、骨粗鬆症が加齢的変性により生じたものと考えられることなどの事情を考慮すると、素因減額の割合は30%とするのが相当である。

     

    ■東京高裁平成18年10月18日判決


     

     

    (事案の概要)

    交通規制により車両の進入が規制されていた交差点内において、91歳の女性(被控訴人)が南から北に向かって歩行中、同じく本件交差点内を西から東に向かって歩行していた25歳の女性(控訴人)と接触して転倒し、右大腿骨頚部骨折などの傷害を負った事案です。

     

    (損害賠償責任を否定)

    判決は、次のように判示して、控訴人の損害賠償責任を否定しました。

     

    事故は、控訴人が知人と並んで、人の流れに従ってゆっくりと歩いて交差点の中央付近に至り、目指す店舗を探そうと首を左後方に向け歩みを止めかかった瞬間、控訴人の右肩から背中、腰にかけて被控訴人が接触したというものである。そして、事故当時交差点内は通行人が非常に多く、混み合っていた上、店を探しながら立ち止まる人も多かったのであるから、このような中で人の流れに従ってゆっくり歩行していた控訴人が、店舗を探そうと左後方を向いて歩みを止めようとし、被控訴人が控訴人の右肩から背中、腰にかけて接触し、その瞬間、控訴人及び同伴の知人が被控訴人の手ないし日傘をつかんで支えようとした事実関係の下において、事故前後における控訴人の歩行ないし店舗の物色行為等に有責性を見出すことは困難であるから、控訴人に注意義務違反があったとは認められないというべきである。

     

    ■東京地裁平成4年5月29日判決


     

     

    (事案の概要)

    44歳の女性(原告)が、駅の階段の踊り場から二、三段降りかけたところ、後方より段階の手すりに手を掛けながら駆け降りてきた小学6年生の男子(被告)にいきなり激突され転落し、助骨亀裂骨折等の傷害を負ったという事案です。

     

    (損害賠償責任を肯定)

    判決は、被告は、多数の公衆が昇り降りする狭い駅階段では、他人にいきなりぶつかることのないよう通行すべき注意義務があるのにこれを怠った過失があるものといわざるを得ないとして、約98万円の損害賠償を認めました。

     

    他方、被告の両親の責任については、事故の態様は、被告の過失行為に起因するものであり、原告主張のような無謀な行為であるとはいえないばかりでなく、被告がかねてより素行が悪いと評判の子であり、かつ、事故につき、両親が親権者として監督義務を怠った過失があるとまで認定することは困難であるとして、否定しています。

     

    ■東京地裁平成1年3月31日判決


     

     

    (事案の概要)

    浅草寺境内において、不審人物を追いかけて来た警備員(被告)に接触・転倒した通行人(原告)が負傷した事案です。

     

    (損害賠償責任を肯定)

    判決は、事故当時、道路は人通りも多く、走行すれば勢い余って通行人に衝突、接触する危険があったといえるから、被告としては、警備員という立場もさることながら、危険を十分弁え、不法行為者を発見し追跡するとしても、通行人の動向に十分配慮を払い危険の発生を未然に防止すべき注意義務があったというべきである。ところが、被告は、これを怠り、不法行為に及んだ者が逃走するや、同人とはもともと顔見知りで、しかも、行為の態様・程度からしても直ちに追跡しなければならない緊急の事態とはいい難いのに、同人の動静のみに注意を奪われ、その追走を急ぐ余り、単なる通行人にすぎない原告に接触したと認められるから、被告には注意義務違背の過失があったといわざるを得ないとして、約690万円の損害賠償を認めました。

     

    ■まとめ


     

     

    以上から、通常に歩行してだけの場合には、損害賠償責任を負いませんが、加害者とされる者が小走りをしていたり、前方不注視があった場合には、損害賠償責任を負う場合がありますので、注意が必要です。

     

まずは相談することが
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